認知症ケアの中で
よく言われる事の中に
「出来ない事に目を向けるのではなく 出來る事に目を向けましょう」
*表現の仕方は様々でも言わんとしていることは同じ
というのがあります
では 出來る事の基準はどの辺にあるのでしょう
普通の人(健常者と言う言い方嫌いなんで)でも
能力・資質・感性も 人さまざまで 見方・評価も千差万別
誰でも 人それぞれ 自分の出来ることの基準を持っていて
自分の基準に照らして 出来る人 できない人 と評価することがあります
認知症介護でも同じで
認知症の人は 見当式障害・認識の障害などで
実際は出来なことを 出来ると言い張ったりします
介護者も 自分の基準で 認知症の人を見てしまいます
そこが 本人が出来ると思っていることと
介護者から見て 出来る事とのギャップが生まれ
双方に ストレスとなります
では どうしたら良いのか?
認知症の進行に合わせ
出来ること基準を柔軟に変えて 行く必要があります
例えば 靴下を履く行為では
1.片足立で ふらつくことなく 自分できちりと履ける
2.片足立で履けるが ふらつくので 何かにもたれて履ける
3.椅子などに腰掛けたり 座らないと履けない
4.一人で履くことができるが 左右色違いや 重ね履きをしてしまう
ここまでは一人で出来る範囲
5.掴まり立ちで 足を上げて 履かせてもらう
6.座って 誘導されれば 足を上げる事が出来て履かせてもらう
7.誘導されても 足を上げることも出来無く 履かせてもらうが
靴下を履くことは理解している
8、履かせてもらい 履いたこともわからない
普通に考えると 1~3までが出来る事で
4以降は 出来ない事になると思います
でも 私の介護基準では
4~7の間も 本人が出来る事に含まれます
一進一退を繰り返しながら 少しづつ
出来る事基準のレベルを下げて行くことによって
その時々で 基準んのレベルは変動します
介助は必要であるけれど
本人は 「わからない」と 言っても
理解さえしていれば 「出来た 出来た」と
共に 喜ぶようにしています
出来る事に目を向けることも ひとつの方法
逆説的に 何もできないことを基準にして
無理にやらせようとしたり 維持しようとしないことも
一つの選択肢です
要は 介護者も 要介護者も
如何にストレスを少なく出来るか?が一番重要で
双方が ストレスを感じることが少なければ
必然的に 穏やかで 比較的良い状態を
長く維持出来る・・・と思います
補足
現役の頃 和式の男子トイレで 便器の周囲に ウンチべったり
がよくありました
認知症の人ではないですよ 普通に勤めて働いている人
年齢も50~60代
これだって 出来ない事の部類だけど
その人にとっては まともに出来ている事なんでしょうね
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