《終わりなきパリ》、そしてポエジー
アルベルト・ジャコメッティとパリの版画展
東京大学駒場博物館でこちらの展示を見てきました。
版画展ということでリトグラフとして描かれたもの
そのフレームとして切りとられた情景は
時に、身体でもあり、
その線の連なり
その遠近感というのか、距離感が私には心地よさを感じさせてくれました。
リトグラフなので、紙に印刷されている二次元の作品として、留めて見ることも出来るのだと思いながら、
なぜかしら、次元を超えた奥行きに見入っては、
この作品の描かれた場所に自分が居るような気にもなってきたり、
だからといって、
迫りくる躍動感にのみ込まれてしまうものとは違う、
私を脅かされない、自分の呼吸で佇むことが出来る。空間。
その後、主題としては
ル・コルヴィジェの作品について、
講演会で語られていたのは、
コルヴィジェは画面の前に突出するような描き方をするのに対して、
ジャコメッティは、画面の奥に向けて後退させ、遠ざかる/遠ざけるような描き方をしているということ。
視点の違い、それは、
リアリティの違いということでもあるように思いながら、
コルヴィジェが突出させて描いているのは、
それは、生命の痕跡として残るようなものでもあります。
貝殻のように
波の向こうに遠ざかり
漂流の果てにかえるものの普遍性。
ジャコメッティは
都市の漂流を描いては、
遠ざかる情景の先に
自身にとっての普遍性を感じようとする眼差しを持っていたのでは⁈
という想像をしながら、
普遍に向かうエネルギーは、
ポエジーとしてその痕跡を残すことで、
過去のものではなく、
現在に息づくことも出来るあらわれなんだという、
そのリアリティに出会えたような気がしています。
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