三人の我が子のうち、上の二人はもう、中学生(中3と中1)。
末っ子の3歳はともかくとして。
お兄ちゃん、お姉ちゃんには、
それぞれの自意識がしっかりと芽生え、
親である私をも、
「ママって、~だよね」とか、
「ママは、~なところあるよね」
といった風に、一人の人間として客観的に分析しようとする言葉が見受けられるようになりました。
それを私は悪い事だとは思っていません。
むしろ、確かな成長の兆しだと受け止めています。
なので、二人にはなるべく、
私自身も、親である前に「一人の人間である」ことを伝えるようにしています。
(完璧な人間じゃないんだよ、っていうことも前提として)
例えば、理由も伝えずに「~しなさい」と命令口調で話したり、気持ちも伝えずに感情を露わにすることは、控えようと思っています。
家の家事を手伝ってほしいときには、
「家族なんだから」
「子どもだったら家のことは手伝って当たり前」
というスタンスではなくて、
母である私の仕事量を説明して、
手が回らない事実を伝え、
助けが要ることを伝えるようにしています。
子どもにも、都合がある。
そこは理解するように努めるから。
学校や部活で疲れている、
体調が悪い、
宿題が多い、
色々な事情もあるだろうから、
無理ならその理由を伝えてくれればいいと。
ここまで冷静に伝えると、
翌日はたいてい、黙っていても
何かしら家事を済ませていてくれたりします。
小さい頃は説明しても分からないだろうと、こうしてしっかりと伝えることは初めから考えもしなかったし、お手伝いは子どもにとって誉めてもらうためだったり、お小遣いを稼ぐための労働のようなものでした。
そういう時期を経て、
長男はいつの間にかすっかり私の身長を追い越し、
娘も、私の服をいつの間にか着こなして、遊びに行くようになりました。
子ども達が少しずつ大人と歩調の合った生活スタイルになってきて、最近は生活が「子育て」というより、「共同生活」のようになってきたのを感じています。
最近はこんなことも伝えました。
ついこの間まで、
トイレに入ると、いつも交換した後のトイレットペーパーの芯が、トイレの床に転がっていました。
ペーパーを交換するのはいいのですが、芯を持って出て(トイレにゴミ箱を設置していないので)、捨てるところまでしてくれないのです。
おそらく、用を足すと忘れてしまうのでしょう。
芯が転がっているのはまだいいほうで、
自分が使い切ってしまったのに、予備のペーパーもちゃんとあるのに、交換してくれていない時もある。
それをそのまま
「芯をちゃんと捨てないのは誰?!」
という、犯人捜しや、
「ペーパーは使い切ったら交換しておきなさい!」
というルールを設定して家族に強制することは、できればしたくないなと思いました。
そこで、伝えたことが、
回りくどいようなのですが、「日本人らしさ」というところでした。
「ママが考える日本人らしさ、ってね…」
と、何でもないような会話から、上の二人の子に話し始めました。
日本料理(特に懐石料理など)は、とても繊細であること。
食べる人の目を、視界で楽しませ、舌で喜ばせ、更に和食は体にもやさしい。
常に、食べる人のことを考えて作られている。
日本は「おもてなし」の国。
自分以外の他人のことを考え、心を配ることを美徳とする国であること。
日本の芸術には、奥行きがある。
日本映画のセリフのない演技。
風景や、間や、背中で感じる物語の背景。情感など。
日本人であることを誇りに思うし、
自分はそういった物事の奥行を感じられる人でありたいと常に思う。
親として、できればあなたたちにも、そんな人になってほしいと思っている。
物事の奥行きとは、
例えば、
自分の目の前に運ばれたお料理に対して、
そこまでに携わってきた人々の労や気持ちにまで心がゆき、感謝が感じられること。
そして、自分がそれを頂いてそこを去ったあとに、
それを片付けてくれる人がいる。
その人が、困らないように、大変な思いをしないようにと心を配ること。
この気持ちを持つことができたなら、
感謝し、感謝される、報恩感謝の連鎖しか起こらないと思うよ、と。
トイレに入ったら、紙が無くなった。
予備があったなら、次の人のために付け替えておいてあげる。
予備は、誰かがそこに置いてくれたから、ある。
そして、自分も、誰かのためにそれを設置する。
それが家のトイレだろうと、公衆トイレだろうと。
芯が落ちていたら、ゴミ箱に捨てる。
次の人が気持ちよく利用できるように。
マナーであり、ルールだからするのではなくてね。
ルールだと思うから、それを破る人に腹が立つ。
でも、これが奥行きを思う、他人への「思いやり」だったのなら。
思いやりや、優しさには、「怒り」がないと思うのよ。
自分が受けた「優しさ」を
まるでそのままそこに、置いていくようにね。
そういうことが、「愛」って言葉に
つながっていくと、思うんだ。
自分自身も、大切に扱い、
大切な気持ちをそのまま
他人に対しても持てるような。
大切にされる連鎖が生まれるような世界に生きてる人
「優しい」って言葉は
ママは、そういう人に、使いたいわ。
中学生の子ども達は、静かに聞いてくれていました。
何か、響いていたら、嬉しいなぁ。
