今日は、長男の事を書いてみようと思います。
長男は、現在中学2年生。
1年生の一学期が終わろうとする7月。
突然、学校に行けなくなってしまいました。
それまでの張り詰めていた何かがプツンと切れてしまったのか、朝からコンコンと眠るようになってしまったのです。
起立性調節障害、という診断が降りたのは、夏休みに入って間もなくした頃。
以降、何度か学校に通う試みも、本人なりに努力もしてみましたが、やはり続けることが難しくなり、今では一日中家で過ごす、という事が当たり前になり、本人も周囲もその事をすっかり受け入れているような現状です。
息子は学校生活を、自発的に取り組もうとして見えました。
部活は吹奏楽部に入部。
担当が決まったのは、クラリネットでした。
朝練にも参加し、土曜日の初心者講習会にも意欲的に参加していました。
先輩のステージを袖や客席から眺めながら、自分もあの中に入って演奏するのだと思うとワクワクすると、生き生きとした顔で私に話してくれた日を、今でも忘れることができません。
学校に行く、という事自体を、いよいよ諦めようと話していた時でした。
「せっかく楽器を始めたのだから、音楽だけは続けてみたらどう?」
そう言って、県境の山を一つ越えた隣の県まで、クラリネットの個人レッスンに通うことを提案しました。
個人レッスンは夜の8時から一時間。
3歳の末っ子を連れて、片道一時間の山道を車で走り、家に着く頃にはグッスリねんね。
レッスン費も、一回当たり¥5,000-と、決して安くは無いですし、家計にも響きます。
無謀かなとも思いました。
それでも、音楽だけは諦めてほしくない、という私の勝手な願いもあり、意地で続けてきて、もう一年以上になります。
前回、レッスンに行ったときに、息子は先生に、家にはおじいちゃんの形見のクラリネットがあることを話したそうです。
おじいちゃん、つまり私の父親は、楽団に所属するプロの演奏家でした。
私が生まれる前、おそらく父が20代の頃だと思いますが、父はクラリネット奏者でした。
私が物心ついた時には、テューバを吹いていて、以降、退団するまで、ずっとテューバ奏者。
クラリネット奏者だったことは、父から聞いていましたが、私は父がクラリネットを演奏している姿を知りません。
父が亡くなって遺品を片付けるときに、古い古い、ボロボロになった楽器ケースが見つかり、中からやはりすっかり痛んでしまったクラリネットが出てきました。
ちょうど息子がクラリネットを始めたこともあって、息子にそのクラリネットを見せてみたら、息子はやはり、「吹いてみたい!」と。
父が20代の頃の楽器ですから、もう50年以上も昔の物です。刻印を元に、メーカーも探してみましたが、吸収合併?されたようで、今は存在していませんでした。
楽器専門店に修理を依頼してみましたが、全てを修理して完璧な状態に戻すには、10万円以上の費用がかかってしまう、と。それだけの費用をかけるなら、新しい楽器が買えますよ、という事でした。
結果、修理にかかる半分の費用で済む楽器を購入し、個人レッスンにも通えるようになった、という経緯があるのですが。そのレッスン先で、先生におじいちゃんのクラリネットの話をしたのだと。やはり、まだ吹いてみたい気持ちが捨てきれないようでした。
先生は、一度見てあげるから、クラリネットを持ってきてみて。と言ってくれたそうです。
今夜、レッスンの日でしたが、早速息子は自分の部屋に飾ってあった、おじいちゃんのクラリネットを持って行くことにしました。
娘の私ですら、一切関心を持たなかったクラリネットを、息子はそれは大事そうに、膝掛けに巻いて両腕に抱いていました。
教室までの一時間の道程で、隣の助手席でいつしか眠ってしまった息子を見たときです。
ふと、何ともあたたかい気持ちになりました。
父が毛布にくるまれて、孫に抱かれているように見えたのです。
そのクラリネットには、楽団に入団し、クラリネットを演奏し始めたばかりの、若かりし頃の父の汗が染み込んでいるかもしれない。
父は音楽が大好きで、高校時代にラジオで聞いたグレンミラーに感銘を受け、音楽団への入団を志したと話していました。
若い頃ですから、そんな音楽への強い興味や情熱も、そのクラリネットを持つ手にはあったかもしれません。
今までそんな風に考えたことは無かったのですが、息子が大切そうにクラリネットを抱えて眠る姿を見ると、そんなことが思い起こされてきました。
まだまだ物の無い時代に、高級な楽器など買えなかったでしょうし。実際、10万円以上の費用をかけて修繕するほどの価値は、楽器そのものには無いと思えます。
物に執着することは、私も好きではないです。
変にこだわってみたり、固執することは見ていても苦しい。
でも息子の場合は、物の価値を通り越した、目に見えない自分だけの価値をちゃんと感じ取っているようで。そして、あたたかいのです。
直るといいね…
心から、そう思いました。
レッスンの後、父のクラリネットを見た先生が、話しをしに来てくださいました。
残念ながら…と。
想像以上に、痛みがひどい。
やはり、新しい楽器を購入するだけの費用は、かかってしまうでしょう。
「音を出すだけでも、というレベルになら、◯◯のお店なら、もしかしたら何とか少しずつでも直せるかもしれませんが。これを練習用に、とか、曲を演奏するというのは、難しいかもしれません」
という、やはり最初に楽器店に修理を依頼した時と同じような内容を言われました。
でも息子は、「音は出せるかも」という言葉に、希望を持ったようで、「音が鳴るようになるだけでもいいから、修理したい。僕がお金を貯めて直すから、先生が教えてくれたお店に連れて行って」
と、言われました。
自分が縁あって始めることになったクラリネット。(息子は、自分の担当がクラリネットと決まるまで、おじいちゃんが元はクラリネット奏者だったことを知りませんでした)
今、このクラリネットが、おじいちゃんと自分を繋いでくれているように感じているのかもしれません。
古い物に自分なりの価値を見出し、大切に思う気持ち。おじいちゃんとの繋がりを大切にする気持ち。そういった心が、不登校の現状に荒むこともある思春期の息子に、ちゃんと育まれていたことにも気づけて、私も心から安堵しました。
長くなりましたが、そんな些細な出来事も、留めておきたくて、ブログに綴ることにしました。
親バカですが、可愛くてたまらん…
