①の続きです。
私、幸せを感じる沸点が低いんだろうか⁈
その答えのヒントに、ピンときたことがある。
子ども達が気に入ってよく口ずさんでいた、星野源の『恋』っていう歌。
私はこの曲、特別気に入っていたわけでも無いんだけど、何となく聴いていてワンフレーズだけ、耳に飛び込んできた言葉がある。
『ただ腹を空かせて~、君の元へ帰るんだ~』
これを聞いたとき、ずきゅーん❤️とした。
好きな男の人に、
『腹減ったなぁ~。早く家に帰りたいなぁ』って思いながら、自分の顔を思い浮かべられたら幸せだろうなぁ。
って思った。
思ったけれど…。
ハッ。。。。!!!Σ(゚д゚lll)
そ、それって。。。。。
お母さんやーーーーん!!!!
( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)
そうか。
前から薄々気づいていたけど。
私って、母性が強いんだな…。
そして、私はたぶん、
『お母さん』
に、なりたかったんだよ…。
だから。
「私はあなたのお母さんじゃないのよ!」
手のかかる旦那さんに、こうキレる女性がいますが。
私も、そんな世間一般の人の考えに習うように、同じようなことを思ったこともあるけれど。
旦那さんのお母さんになったって、いいじゃない。
って、今は思える。
腹を空かしている時って、(身体の状態だけで言えば、)病気の次に人間が一番弱ってる状態だと思う。そんな時に、
「この人の元に行けば、自分は満たされる」
そう思ってもらえることは、素直に嬉しい。
たくさん美味しいものを食べさせてあげたくなる。
おいでおいで!
私の持ってるもの、みんなあげる!
そんな気持ちで抱きしめたくなるなぁ。
尽くす女は男をダメにするとか。
過保護な母親は、息子をマザコンにするとか言います。
一概に否定はしません。
それは、自分を相手に預けた状態で尽くすとそうなる、ってことなんだと思う。
エネルギー、って、循環するものだから。
自分が誰かへ向けたエネルギーは、良いも悪いも、全て自分に返ってくるものだと私は思っていて。
自分が受けた幸せなエネルギーは、いつかどこかで誰かを幸せにしたエネルギー。
幸せの沸点か低い、ってことは、それだけ沢山の幸せのエネルギーを受け取れるということ。
そして、その沸点を低く設定するの、って、実は簡単な事ではなくて。
自分の本当の気持ちに気付けないとできない。
ご飯が食べられるだけまだマシ。
とか、
命かあるだけありがたいと思わなきゃ。
っていうのは、幸せの沸点が低いのとはまた違う。
自分に感謝を強いる考えをいうのではなくて、沸点、だから。
それに触れた瞬間、自分の意思が及ばないところで、まるで反射的に幸せに感じてしまう、センサーのようなものだから。
それを低くできる(センサーの感度を上げる、ともいえる)、っていうのは、実はなかなか修行のいることなんだよ
。
って。
実は、昼間のゆったりとした入浴中に、久しぶりに現れた千晴さんが教えてくれました![]()
そして思ったのはね。
結局こうして。
ひとつ、ひとつ。
小さなことから気付いていって、何を知るのかというと。
私は、わたしという人間を知っていく。
わたしという人生を知っていく。
私にとって人生とは、自分を知る旅のことを言うのかもしれないなぁ。
そう、しみじみと思いながら、2回目のシャンプーをしていたのです。
