これも写仏というのかな。
夫の願いで、奈良の璉珹寺にある、
阿弥陀如来立像の絵を描いてほしいと頼まれ、描いてみました。
夫がカラーボックスで作ったお手製の仏壇に、飾る(?お祀りする?)ためです。
(カラーボックスに入れるために、縦に13センチ程の高さでしか描くことができず、小さい絵なので苦労しました
)
)私達夫婦は基本的に宗教に拘りがありません。
無宗教というわけでもありませんが、浄土真宗のお寺にも、真言宗のお寺にも行きますし、神社にも行くし、私達の結婚式はキリスト教式でした
ごく普通の一般的な日本人の姿なのかなと思っています。
夫の実家は浄土真宗だそうで(実家にはちゃんとした仏壇があります)、祖父母やその先のご先祖のために浄土真宗のスタイルで仏壇を祀るためにも、阿弥陀如来さんの絵が必要だったようです。
浄土真宗の仏壇には、阿弥陀如来さんを祀るそうです。(私の実家は真言宗なので、知りませんでした)
「『奈良の璉珹寺の』阿弥陀如来さんがいい」と言われたのは、先月、1カ月だけ行なわれた璉珹寺の秘仏公開に一緒に出掛けた際に、お目にかかれた阿弥陀如来さんが、あまりに美しく魅力的で、その存在感やオーラに二人とも圧倒されたからでした。
秘仏なのでもちろん写真は撮れませんが、ネットから拝借した写真を見て、模写しました。
生で感じ取った仏様の気配や、その気品や、オーラを、自分なりに表現したいと、気持ちを込めて描きました。
それはそれは楽しかった!
写仏は心を鎮めてくれ、また仏像への好奇心をかきたてられますが、模写はより、自分の中にある仏を現す作業に近く、色を塗る作業も全てが表現への挑戦のようで、本当にやりがいがありました。
夫も仕上がりを見て喜んでくれたので、一安心
その私の描いた絵を、きれいな和紙に貼り、掛け軸風にリメイクして、カラーボックスの奥に飾ってくれました。
そしたら見事に、まんざらでもない立派な格好になりました。(お手製でこそあれ、御仏壇なので写真は控えさせて頂きますね)
自分の描いた絵が祀られて、拝まれるなんて正直変な気分ですが
、絵でも物でも、大切に扱われていくことで、魂が宿るものだと私は信じています。
、絵でも物でも、大切に扱われていくことで、魂が宿るものだと私は信じています。手作りの仏壇に、お手製の仏様でも、心を込めて祈ることで、そこはちゃんと仏へのアクセスポイントとして用を成すはず。
また、こういうのも何だか私達らしいね
そんなことも話しています。
また次の作品への意欲が湧いてきました。

