やはり。

ここのところのご報告は、きちんとしておかないと、

最近、ブログ記事が書きづらい!


日に日にそう感じてきましたので、

そろそろきちんと身上報告を、ブログ上にて記しておくことにします。




その前に・・・

前置きになりますが、私の近い過去の経緯から書いていきます。




一昨年、初めは形式上の離婚だったはずの元夫に、離婚から半年ほど過ぎた頃に、新しい恋人ができ、私達は文字通りの完全な離婚状態となりました。


もちろん、様々な問題を抱えての離婚手続きだったため、初めは形式上だったとはいえ、お互いの関係性は悪化の一途で、彼が他の女性の元に走ったということは、ある意味では、ごく自然の流れだったのかもしれません。

が、その時になってみると、自分でも思いもよらなかったことですが、私にとってそれは地獄を味わうような苦痛をもたらしました。



結果として、それらの肉体的・精神的な苦しみを抜けた末に、

「千晴さん」というインナーチャイルドに出会うことができ、

目の醒めるような経験をすることができました。



もし、それがどんな経験か、

興味を持たれる(物好きなお人・笑)がいらっしゃったら、

私の過去記事(主に去年の4月頃~)を見てみてくださいね。


それ以来、

生きていればこその迷いや、辛さはもちろんあるものの、

我を見失うほどに思い悩むことがなくなりました。




そこからは、ほんとうに穏やかな流れでした。




元夫とは、氷が溶解するように、瞬く間に関係が修復に向かいました。


まずはお互いに、子ども達の将来を第一に考え、養育費やお金の相談事が前向きに順調に進みました。


その時には、いったん他の女性の元に走った元夫を、以前のような「私の夫だった人」としては、もう完全に見れなくなっていました。


彼も、「一人の男」だったのだと、

思い知らされ、それを再認識させられたからかもしれません。



私の目の前にいる人は、

「男性」でした。

「男の人」であり、

感覚としては、もう完全に「他人」となっていました。



そんな他人である元夫を前にして、

話し合いを進めるなかで、経済的な不安を拭い去ることができたとき、

不思議なことに、また、彼に対しての信頼感が生まれていることに気づきました。



その信頼感は、以前のものとは全く違うもので、とても新鮮でした。



それによって、以前の私が持っていた夫に対する感情がどんなものであったかにもまた、気づくことができました。



以前のそれは、

完全に「依存」でした。

そして、夫として、父親としての

「責任の押し付け」でもありました。



「なぜ、~してくれないの?」

「○○すべきじゃないの?」



元夫は・・・さぞ、苦しかったことだろうなと(笑)、

今となっては思います。



夫婦は、結婚しようとも、

あくまで、どこまでいっても、

「他人同士」なのですよね。



他人としての意識から生まれる

「遠慮」「配慮」「気配り」「思いやり」

これは、夫婦関係を良好に保つためになくてはならない要素。



以前は、頭で分かっているつもりでも、私は全然、理解ができていなかったようです。



私も愚かなもので、

家族や、身近な人を巻き込みながら、

たくさんの辛い思いを経験しないと、

ちゃんと気づくことができませんでした。



そうして、二人が以前のような

それこそ結婚前のような

一人の人間として、お互いへの尊重を取り戻したとき、元夫は、新しい恋人との縁がスッパリと切れておりました。




「恋人ができた。彼女との結婚を考えている」

そう聞かされたときは、子ども達の年齢や気持ち、そして自分の感情の収まりがつかない理由から、「しばらく子どもには会わないで」と、お願いしていました。


しかし、関係が終わったと聞いて、

その頃には私もすっかり落ち着きを取り戻していたので、

子ども達をまじえて、最初は月に1回~2回、会うようになりました。



そこから、二週間に一回になり、

やがて、元夫の仕事が休みになるたびに、以前のような家族としての時間を持つようになりました。



そのまま流れにまかせて一年が過ぎ、

今年の7月、元夫が一人住まいのアパートを引き払い、

私達母子が暮らす家に、引っ越してくることになりました。


再び、同居を始めたのです。




それから二ヶ月。




新学期もスタートしたした9月に、私達は同じ相手と、再婚を果たしました。




再び。

今度こそ二人で、

ちゃんと足元を見て、

手を取り、心を合わせて、

お互いを思いやり、尊重し合いながら、人生の再スタートを切る用意ができました。




まだまだ、以前の結婚生活でできた経済的な歪みは残っています。


でも、不安はもうありません。




本当につくづくアホやなぁと思うのですが(^_^;)、

あれほどの苦い経験をしたら、

そうそうのことでは、不安に駆られることはなくなった気がしています。

(;^_^A




通らなくても良い道だったのかもしれません。

他の人なら、もっと賢明で、そして冷静で、道を踏み外すことはないのかもしれないけれど。

不器用な生き方しかできない私は、転んでは立ち直り、大暴れしては玉砕スレスレのところで瀕死の状態で這い上がり、少しだけ賢くなって、歩く、を繰り返しているようなところです。あせる




幸いにも、今就いている仕事には、とてもやりがいを感じています。



子ども達と向き合う私、

夫と向き合う私、

仕事に向き合う私、

家事をこなしたり、

(こなす、という程きちんとできてはおりませんが汗

ブログを書いたりと、

好きなことに向き合う私。



今は、気持ちと興味が多方面にうまく分散されて、

とてもいいバランスでいます。




あぁ、こういう状態を

しみじみと感じる「幸せ」というのだなと、実感しています。




しんどいことも、

イライラとする煩わしいことも、

腹の立つことも、

時々過去を思い出してはまだくよくよとしてしまうことも。


総じて、きちんと味わい、

向き合えている自分に、

総合的にみて「やっぱり幸せ」だというところに、落ち着けるまでになりました(^_^)。





この経験がいつか私の人生の糧となり、誰かのお役に立てる日がきたなら、それはそれで良いなぁと思いながら、今こうしてプライベート暴露ブログを執筆中ですにひひ




私達には子どもが二人います。

ですが、子ども達のためにと決めた再婚ではありません。

子ども達にとっても、

父親と母親がまたこうして信頼し合い、家族関係が再構築できたことは、本当に幸いなことだったと思います。



でも、その前に私達が、いえ私が、

「この人のそばにずっといたい」

と、もう一度、心から思うことができたためです。



だから、「復縁が良い」とは一概には思っていません。



そばにいたい、と思えた人が、

たまたま「元夫」でした、という単なる結果。



以前の夫のように、それが「新しい人」であったとしても、それはそれで、きっと良かったのだと思います。

私自身にも、そういう人が仮に現れた場合があったとしても、そうです。




要は、自分の人生をちゃんと味わって

苦しいだけの心の抑圧を解きほぐし、

自分の心の声に耳を傾け、

真から自立したとき、

自由な心で生きることができたときに、一番心惹かれる人のそばにいること。いられること。




これが、人生の至福であると、今は心からそう思っています。