二月、最終日です。
めぐりめぐってくる声を整理したいので、今夜は少し、語りますよ。(^_^)
二月は、デトックスの月でした~。
昨年12月から仕事を始め、がむしゃらにと言うか、目の前のことにひたすら取り組む感覚で、二ヶ月間こなしてきました。
ブログの更新も激減しました。
すると二月に入るなり、体調がダウン。
風邪を引いて寝込むこと二回。
一年以上ぶりに、忘れていた目眩も再発し、毎週具合悪くしてました実は。;^_^A
私が体調を崩していると、比例して息子も学校での生活態度が悪化する…(ーー;)
そんななか、心身共に参ってしまい、伏せっている間ずっと、千晴さんのメッセージに耳を傾けていました。
そして目に入るもの、感じること、全てを今の自分にとって必要なメッセージだと受け止っていると。
ふと、「身体を温めること」に気づいたのです。
冷えとり、を意識して実践するようになってから、益々色々な考えが、頭に浮かんできます。
ていうかもう、一人で車を運転しているときなんて、千晴さんが頭の中でずーーーっと喋っていたりする。
そんなに沢山出されても、運転中だしメモれない!覚えてられないよーー>_<
って言っていると。
全部ブログにしなくていい、って。
まずは、実践あるのみ、とか。
何度でも出すから、そのうち書いたらいい、とか。
確かに何度も出てくる言葉がある。
それは、
「委ねるように、生きる」
ということ。
「冷えとり」。
「冷え」を「取り除く」。
こう書くと、「冷え」は悪いものみたい。
確かに、身体が冷えると、良くないことも多い。
でも、熱性を帯びると、まずは冷やすことが必要な場合もある。
温かいを超えて、熱を持ち過ぎたら、それはまた身体にとって負担です。
熱すぎても、冷やし過ぎても、身体は正常でいられないんだ。
突き詰めていくと、冷えが良いとか悪いとか、つまり「良い」「悪い」の世界ではないんだな、と思えてきます。
今は冬(春近し)だから、温めると心地よいけれど。
この、「心地よい」身体を作る、
もしくは、その状態にする、ということが、本来の目的なのだと。
それは、季節によって、時期によって、男女によって、老い若きによって、様々だったりする。
自分一人をとって考えてみても、バランスは様々で、安定した一定の心地よい状態でいることは難しい。
でも、あえてそれを目指すの。
「良い」「悪い」の判断を超えて。
何が「今」、「自分にとって」心地よいのか。
それを模索する具体的な手段が、今、私にとってはさしずめ、この「冷えとり」なのです。
では、その先にあるものは?
「心地よさ」の先は?
何となくですが、
それは、『解放』のような気がしています。
過去のトラウマも、悲しみや辛さや、頑なさや、激しい欲情や、ほとばしる感情でさえも。
それらを取り除く訳ではなくて。
自然にありのままに感じきって、それらにとらわれることなく、包括するような大らかさ、全てを飲み込んで自分のものにしてしまう豊かさになる。
そんな力を持てるようになる。
それが、『解放』。
否定も、肯定も、エネルギーを放出し、消費します。
認め、受け入れ、包み込むことは、全て自分のエネルギーになる。
それは、『委ねる』生き方。
運命や人生は、自分で切り開くもの。
それも確かにそう。
だけど、切り拓かれていく人生を、何処か少し余裕を持って眺めてみる人生も、楽しいかもしれない。
良いか悪いかではなく、起こる出来事をただ受け止めて感じること。そして、そのなかで心地よさを目指すこと。
『必然』に一喜一憂しながら、人生を味わい、足元しっかり踏みしめて歩いていくためには、この何か大きなものに『委ねる』ように生きる姿勢が、大切な気がします。
身体の声、心の声を聞き、自分にとっての本当の『心地よさ』を追い求めたとき、私は自分のこの身体をうまく乗りこなせるようになる。そのとき、つまり健康体でいられるのかな。
身体に不調が出て辛いときは、それまでの『心地よさ』が、自分にとって「それ、本当に心地よいの?」「ただ逃げてるだけじゃない?」「怠けてるだけなんじゃ?」
って教えられてる気がしてきます。(^^;;
二月は、そんなことをリアルに感じ、学んだ月なのでありました。
いやーーー、語っちゃった(๑ ›◡ु‹ ๑ )