怒涛の一週間が過ぎました。
あっという間の一週間。
またたくさん、心が揺れ動いた一週間でもありました。
7月2日は、私にとって意味のある、とても重要な日。
去年の同じ日に、人生で初めて味わう、辛い体験をした日でもありました。
そして今年のその同じ日、伯母が亡くなりました。
翌日に、通夜式に参列してきました。
私は、最近の自分のことについては、以前より想像力が多少豊かになっただけだと思っているので、
霊とかは、見えません。
霊の声も、聞こえません。
ですが、想像力が活発に使えるようになった分、
感じることはできる、ようです。
あくまでも、「想像の世界」での感覚です。
お通夜のあったセレモニーホールの親族控え室で、
伯母の亡骸と対面し、親族とその部屋で式の時間まで待っていました。
伯母がこの部屋にいるとしたら、どこに座っているだろう・・・?
そう思ったとき、ふと気になる椅子がありました。
そうだな、ここに座ると、部屋全体が眺められる。
おばちゃんは、ここに、にこにこと笑いながら皆を見てるような気がするなぁ。
そう思っていると。
その椅子の傍には灰皿があったので、
叔父や父や、たばこを吸う人間が椅子に座りにくるのですが、
その椅子だけはなぜか誰も座らないのです。
それを見ていたら、本当に伯母がそこに座っているような気がしてきました。
そうしているうち、なんとなく、伯母の声が聞こえてくるような気がしました。
もう何年も会っていなかったし、おそらく電話でも話しをしたことはなかったはず。伯母がどんな声をしていたか、そこに来るまで正直思い出せなかったほどなのに。
はっきりと、思い出せる。
ソフトで、あったかい声。
「ああ、きよちゃん(母の名。伯母は母の姉です)とこの子、来てくれたんか」
そんな声が聞こえてくるようでした。
伯母の亡骸は、祖母に似ていました。
でもそこは姉妹で、私の母の面影もありました。
それを見た途端、母の最期もこんな風なのかと思ってしまい、
一瞬、「ゾクッ」としました。
「おばちゃん。おばちゃんの顔、やっぱりおばあちゃんによく似てるね」
私が中学生の頃に亡くなった祖母のことを思い出しながら、そう言うと、
「そ~お? 似てる?」
って伯母のおおらかな声。
「でも、うちの母にも似てるから、一瞬怖かったわ」
そしたら、
「なにが怖いの~?」
少し、笑いを帯びたような感じで、そんな風に返ってきました。
不謹慎なことかもしれないけれど。
通夜式の最中。
お坊さんが読み上げるお経を経典を見ながら目で追っていたら、なんとなく
「何を言ってるのか、さっぱり分からないけど、おばちゃん、死んだらお経の意味って分かるの?」
って聞いていました。すると、
「わからんわ」
ってあっさり、伯母が答えてくれたような気がしました。
でも、そう言いながら、それでも通夜式に参列している人達と同じように、まじめにお経を聞いている姿が浮かぶのです。
お経の意味は死んでも分からないけれど、お葬式やお通夜はこういうもので、きちんとやってもらえて有難い。そんな感覚が伝わってくるようでした。
他にも、私の心の中は基本的におしゃべりなので、いつの間にか伯母に話しかけていることが多くありました。そのたびに、何かしら、伯母の声でふんわり答えが返ってくるような気がしていました。
それらが何だかとても有難く思えて。
お焼香の番がきて、私は心から
「おばちゃん、ありがとう」
って、それだけを念じることができました。
最近の私はこんなだから。
実際のところ、伯母の魂がそこに居たのかどうかは、本当に分からない。
けれど、私なりに伯母を感じて、伯母との今生のお別れがきちんとできたことを、有難く感じました。