私の身近な人に、

「小さい頃、うどんに足が生えて歩くのを見た!」という人がいます(^_^;)。


本人は至って真面目。


私は初めてその話を聞いたとき、

その発想(発想でもないんでしょうけど)の豊かさに大爆笑。


結局、信じたかそうでないかと言えば、信じていなかったかもしれません。


想像力豊かな子どもだったんだなぁ、くらいにしか、思っていなかったような気がします。





最近、そのことをふと思い出しました。



そしたら、ほんとかどうか、聞くまでもなく、千晴さんから


「あれはほんと」


って返ってきて、私も思わずびっくり。



わ。「ほんと」って言ってる・・・!



そしたら、その後に理由がやってきた。




《あれはね、ちっちゃなちっちゃな妖精(小人)の仕業。

うどんの下に隠れていたんだけど、足だけ隠しきれなくて見られちゃったの》




とな??!!(  ゚ ▽ ゚ ;)




私の中の千晴さんなので。


これについては、私が信じないわけにはいかなくてσ(^_^;)



いまでは、

「へぇ、そうだったんだぁー」って思っています。(;^ω^A




でも、おもしろいなーーー。




そういえば、ほかにも知り合いの子どもで、「畳の上で、小さなおじさんが寝そべっているのを見た」って言う子も知っているし、

テレビでは、釈由美子が、やっぱり子どもの頃に、座布団の下に小さなおじさんが居るのを見た、と話していたように思う。




私は、小さい頃も今も、そういうのは見たことないけれど。


こういう話をすんなりと受け止められる柔軟さは、いつも持っていたいなと改めて思うわけです。


前回の「ピンクのだんご虫」から派生して、そんなことを近頃また強く感じます。



常々思うことは、

「嘘」か「ほんと」かよりも、

「正しい」か「そうでない」か、よりも。


自分の心がそのことについて、「今」 どう 「感じているか」 ということ。



その感じたことを 自分に 「許せるか」 どうか、ということ。


つまり、「自分を認められるか」 っていうことね。




不思議な話を聞いて、「ワクワク♪」ってしたら、

嘘がホントかなんて、どうでもよくなってくる。

その「ワクワク♪」を、大事にしたい(*⌒∇⌒*)




特に、子どもと接しているときはいつも、どんな不思議なことが起こるかわからない、どんな不思議なことが起こっても構わない、っていう。

ウエルカムな精神。



うん。


私はやっぱり、こういうのがいいな(b^-゜)