高速道路での千晴さんとのやりとりの続きを、書いていきます。

私が自分ではない、別の意識のような声を聞いて(六角レンチの時の話!)、その後、魂の人の存在を知り、名前を教えてもらったことがキッカケで、急激にインスピレーションが降りてくるようになりました。

でもしばらくはまだ、自信が持てないことも、多かった。
私は、しんどい想いをした余り、頭がおかしくなってしまっただけかも?と。

そしたら、そう思った次の瞬間、いつもは声だけの千晴さん。
ビジュアルで、イメージとして頭に浮かんできました。

「まだそんなこと言ってるの?」
っていう顔をして。

そして、

「分かってる。だってあなたのブロック。実はまだこんなにあるものね」

って言って、錠前のついた長い鎖の束のようなものを、ジャラッと抱え上げて見せてくれました。

両腕に抱えた鎖の束の一つ一つに、鎖の数の分だけの錠前が付いていました。

それは、とっても重そうに見えました。

げ。まだそんなにあるの⁈

思わず、そんな言葉を返していました。

今、ここで、私が自分の心に浮かぶ言葉やインスピレーションを、理屈や一般常識と言われる物差しにかけて、排除したり信じないままでいると、この鍵がまた一つ、増えていくんだそう。

これを全て心で抱えていたら、そりゃしんどいわ。

そこで、誰かの目や考えに気を取られることなく、これは私の世界に起こっている、私のプライベートな出来事なんだから、どう捉えたって自由なんだ、というように、あえて意識するように働きかけてみました。

変人と思われてもいい。
妄想癖を極めたらいい。

とにかく何でも有りなんだ!って意識して、受け入れようとしました。

それを意識したことにより
、もしかしたら本当にブロックを外していくことへと繋がったのかもしれません。

何よりも楽しむこと。
受け入れたら、ただただ、楽しい気持ちが湧き上がってきたのです。

自分で自分を許している気分。

何をしても、何を考えていてもいい、って。許している。

これ、かなり気持ちがラクになります。

今回、何故こういうことを書いているかというと。
やはり、こういう話を興味をもって聞いていると、必ず行き着くのが、「じゃあ私の魂の人はどんな人?」だ、そうです。

そんな人達のブロックが外れ、既に聞こえているはずの心の声を、もっと歓迎し、それを自分に許せるようになってほしい。

一度受け入れたら、感度が上がって、ますます受け取るのが上手になるようです。

ただ、思い込まないこと。
信じると、思い込む、は、違います。

「信じる」は「そう感じる」こと。
「思い込む」は「そう考える」こと。

似て、異なるもの。

しっかりと感じる取るためには、しっかりと感情を味わう能力が必要なのです。

理屈と理性で、いわゆる『オトナ』に成長してきた、いわゆる真面目な人にとっては、感情的はタブー。
そういう人には、自分の感情を理解しにくく、感じ取りにくい。
要は、心の声も届きにくい。

感情をぶちまけて、人に迷惑をかけずに、しっかりと想念に向き合える方は、これからドンドンと、ビシバシと、魂の声をキャッチしていくことができるそうです。




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