地元の現場、ポピスタというアイドルのメンバーとして1年4ヶ月活動していた、夢夜みなちゃんがグループを脱退しました。脱退の理由は明らかにされていません。


脱退にあたりファンへの肉声での挨拶、コメントはありませんでした。

脱退は発表当日付けで、ファンは誰一人として心の準備ができませんでした。

突然、なんの前触れもなく、推しがいない世界に放り出されました。

少し前のベッポパークフェスで、スターと一緒にステージに上がったのが最後でした。

その日は物販も交流もなく、ステージからはけるのを見たのが、アイドル夢夜みなを見た最後でした。

その日は、またそのうちライブで会えると思っており、まさかこんなことになろうとは、ほんのちょっとしか考えていませんでした。

アクシデントはあったので…


夢夜みな(みなちー)は、最後に加入した4人目のメンバーで、デビュー半年後の5周年公演までに全曲マスターを目指し、人一倍頑張っていたと思います。

周りのメンバーがベテランで、パフォーマンスにも定評があるので、追いつくのも大変だったと思います。

それでも、毎月のように開催されるライブでのパフォーマンスは、見るたびに良くなっていきました。

初めて地元の現場に推しができて、主現場になかなか行けない時でも、地元の現場で沸くことでメンタルをキープできました。

最近は特に、毎週のようにイベントがあり、会える時は極力会いに行きました。

それが突然、あるアクシデントをきっかけに、イベントが中止になったり、出演が見送られたり。

ベッポパークフェスだけは出演となっていたものです。

その日はスターのユニットのコーラス隊として参加でしたが、アイドルの持ち歌も数曲歌ってくれました。

まさかあれが見納めだったとは。


フェスの約10日後、グループ公式から、夢夜みな当日付け脱退、川瀬澪桜8月末卒業、がアナウンスされました。

脱退の理由として「話し合いの結果活動していくのは困難と判断して脱退する形となった」とのこと。

川瀬澪桜さんは月末までにSHOWROOM配信もあり、色々な思いを全てではないにしろ伝えてもらうことで、ストンと落ちないにしてもある程度理解はできました。

みなちーは、脱退公表後すぐにXのアカウントが消されて、本人からファンに向けての説明やメッセージなどは一切ありませんでした。

もちろん卒業公演もなく、ファンとのお別れの機会はありませんでした。


みなちーは、ファンのことをどう考えているんだろう。こんな気持ちでいるのを知らないんだろうか。ファンと離れることを寂しく思っていないのかな。ファンの存在も含めて、もうやってられない!になったのかな。

色々想像を巡らせる日々でした。


でも、どう考えても腑に落ちない!

あのみなちーが、ファンのことを一番に大切にしてくれたあのみなちーが、ファンになんのコメントも出さずに辞めるなんて!

コメント出したくても出せない状態と考えるのが自然だし、そう信じたい自分がいます。

自分も、公式の発表に対しては、Xで「決断を尊重するしかない」とポストしたものの、その決断が自ら積極的に下したものでなかったとすれば、それは本人にとって尊重されるべきではないのでは?

今は、本人の気持ちを聞きたい、ただそれだけです。


オレはみなちーが加入したから星守(グループのファンネーム)になりました。

今は、守るべき星が消えてしまいました。

星が輝きを失ったのか、それとも厚い雲に覆い隠されたのか。

とにかく星が見えません。

星が消えた理由もわかりません。

これまでたくさん応援してきたのに、突然いなくなったことに、納得いきません。

誰かこの気持ちに整理つける方法を知りませんか?


一昨日、ある運営のとても誠意のあるポストを見たせいか、お気持ち表明せざるを得なくなりました。

ファンをないがしろにする現場では困ります。

アイドルが安心して活動できる環境も必要です。


みなちー、もしこのブログを目にすることがあったら、元気かどうかだけでも教えて欲しい。

いつかゆっくり気持ちを聞かせて欲しい。

推しを失った星守として、最後のお願いです。


クラウドファンディングを活用して、プレス版のフルアルバムが作成されました。

これまでは3名体制の音源しかなく、初めての4名体制の音源化でした。

カーオーディオから推しの歌声が流れて来た時の感動は、忘れられません。

でも、今は聴くことができません。寂し過ぎます。

これからも応援してね!と言ったみなちーは、もうグループにいないのですから。


「で?」というのが正直な感想でした

「我々には何もないの?」


ファンミーティングの制服姿のみなちー


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新しい衣装も似合ってる


会うたびにチェキを撮りました


この4人でのステージはもう見ることができないということが、まだ信じられません