17歳。
女子高生のわたしが死ぬほど欲しかったものは
安定でした。
安定が得られるなら死んでもいい
自分で発した言葉ですが
忘れることはないでしょう。
きっと魂からの叫びでした。
他人より、おそらく自分の感情に振り回されやすいたちです。
感情的に物事を捉えるほうです。
めんどくさいことに悲観主義で
悲劇願望がありました。
どっぷり浸かりました。
その対局の盲目的なポジティブな自分も存在していました
対外的にはだいたいこちらを
無意識に使っていました。
高揚感と絶望感をうろうろジェットコースターのように
そしてパワーもあるので
事を起こす時は結構周りに影響します。
自分で自分がわからず
理解したくてたくさん
調べたり占ったり
とにかく自分を知ることに必死でした
現実逃避をたくさんしました
楽しい娯楽ですら、かわいいはずの我が子ですら
その手段に使おうとするエゴ的な醜い自分の姿を見ました
無駄な自分探しと揶揄する人ももちろんいるでしよう
でもこれはプロセスだよと今は言えます
そして回り回って自分を愛せます
今のこの瞬間に宣言できます。
そしてわたしはその安定感を
手にすることができました。
苦節10年。
おめでとう。
ほんとうに、よく、たどりついたね。
誰にも言ったことがないけれど
誰にも相談したこともないけれど
ひとりで悩み、辿り着いたところ
周りの人も有形無形のサポートをくれました
絶対的安心感をくれる親友
物心両面でたくさんの愛を注いでくれている両親
いつも慕ってくれて味方でいてくれるかわいい妹
そしてこのプロセスを急激に促進してくれた夫
そして2人のこどもたち
あとは、こっそり感謝したいのは歴代彼氏たち。笑
恋愛はこれまでのわたしの人生のほぼ真ん中に位置していました。
この絶対的安心感、
身体感覚。
10年前のわたしにそっと耳打ちしてあげたい。
あとで待ってるから安心して旅をして。
心の底から、の意味がわかるし
リラックスの感覚もつかめるよ。
そして自分のことを知って陶酔して
大嫌いになって消えたくなって
そのあと本当の意味で認められるようになるよ。
って。
相変わらず自己陶酔的なところは変わりませんが
この春に1つの走り続けていたものが完結した感覚です。
愛。
真実。
絶対的なものは何1つなく、
たった1つの真実は存在しない。
矛盾しますが
そしてたった1つの真実は、
すべてが1つの大元に存在すること。
その大元の知識はありますが
やはり感覚的にはわからないままです
でもそこにわからないゆえの不安がなくなりました
わからないゆえの焦りや
他人との比較での焦燥感も激減しました。
平たく言えば
肩の力が抜けて楽になりました。
それでいいね。
らくにいこう。