天羽南翁は市原郡国吉村(現市原市東国吉)出身で、同郡姉崎村(現市原市姉崎)妙経寺や千葉郡村田村(現千葉市中央区村田)泉福寺等の住職を務め、当該地域に漢学史上、大きな影響力をもった人物です。この人についての学術論文はこれまで皆無でした。
 実際にできあがった当該誌を見てみると、外字の文字化けを改めてもらえなかったり、「目次」「編集後記」に記された拙稿名がすべて「赤」羽南翁と表記されていたりなど、残念な点が幾分あったものの、通常の論文の2.5倍もの分量をそのままご掲載戴いただいたことには、感謝してもしきれない思いでおります。
 なお、当該拙稿は学術誌にではなく、郷土誌に発表したものです。従って、サイニーなどの論文検索マシーンには、決して反映されるものではありません。しかし、筆者は、清河八郎や安積五郎、勝海舟とも交流をもち、「詩宗」と仰がれた傑僧・天羽南翁について、このたび、その遺稿を全訳した上で、現在学術的に主張しうることは、全て主張し、天羽南翁研究の基礎をつくるべく腐心しました。

 なお、既に以下の誤植を見つけました。謹んで訂正申し上げます。

3頁下段14行 ■■ → 沋沋
5頁下段5行 善勝寺主某(7)→ 善勝寺(7)主某
23頁下段19行 南王 → 南翁