まったりのススメ。 -2ページ目

まったりのススメ。

女・四十路半ば。方向のさだまらない人生を爆速中。

1月15日 入院4日目

 

傷口がうずいて眠れなかったけど、

体が動かせたのでそこまでつらくはなかった。

 

朝食にバターロールがでたので、

給湯室にあるトースターで焼いて食べた。

 

この時同室の患者さんと一緒になって、

挨拶することができた。

パンはやっぱり焼いた方がおいしいということも

会話することができてうれしかった。

 

昼食は半分くらい食べた。

食欲がなくて食べれないのではなくて、

薄味すぎて食べるのがつらくなっていた。

 

13時。待ちに待ったシャワータイム。

体は拭いてもらったからマシだったけど、

髪の毛がもう限界を超えていた。

自分から放たれる中年スメルがやばすぎた。

ドライシャンプーも使ったけど、

あんなのは気休めにもならなかった。

恐るべし中年スメル。

 

相変わらず便が出てくれないので

水分をとって歩くよう指導いただいた。

 

持参した水も無くなってしまったので、

散歩もかねて病院内のコンビニに

買い出しにいくことにした。

もともと食事制限はないので、

腸内活性を期待して果物とヨーグルトも購入した。

 

夕方に看護学生さんが看護学校の先生と

一緒にあいさつに来てくれた。

実習期間の関係でこの日で私の担当が終了とのこと。

看護学生さんは本当に優しくひたむきでまじめで

常に寄り添って支えてもらった。

短い時間だったけど、入院という非日常の中で

とても心身ともにお世話になった。

最後は泣いてしまった。センチメンタル。

これから1年間の実習があるらしいので

頑張って素敵な看護師さんになっていただきたい。

本当にありがとうございました!!

 

感動の別れも済ませて、

夕食も薄味で半分食べるのがやっとだった。

 

この時私は塩分を欲していた。

薄味の食事が翌日も続くのかと思ったら

居ても立っても居られなくなって

就寝前に再びコンビニに行った。

 

コンビニで味塩か醤油でもあればと思ったけど

病院内のコンビニには売ってなかった。

店内をウロウロしまくって

塩昆布を見つけたときは感動した。

お茶漬けにするため麦茶も一緒に買った。

これで翌日の食事は乗り越えられる!

 

この日は就寝中にロキソニンが効くように

時間を考えて服用したおかげもあって

前日よりは眠ることができた。

 

 

 

 

長かった夜が明けて朝8時。

看護師さんに手伝ってもらい上半身を起こした。

このときの解放感は感動した。

 

手術翌日なのでよれよれボロボロ状態なので、

朝食は牛乳しか飲めなかった。

ボロボロだけど、ベッドで歯磨きも済ませた。

 

少しして先生が来て、

手術の傷口の確認と手術時の説明をしてくれた。

執刀してくれた先生2名、サポート先生、

元主治医が順次きてくれた。

 

私がした手術は腹腔鏡下子宮全摘術というもので、

下腹部に3か所とお臍の下から4センチ切っている。

お臍から子宮と子宮筋腫と卵管を取り出してもらった。

 

その後、看護師さん、看護学生さんがきて、

尿管、フットポンプを外してもらい、

早速、立って歩く練習をした。

意外とすんなりと歩くことができた。

朝食が食べれなかったので点滴は外せなかった。

 

昼食はなんとか半分は食べることができた。

点滴スタンドを支えにして食器は

自分で配膳コーナーに戻した。

 

不謹慎ではあるが、点滴スタンドを引き連れて

歩くことに実はちょっと憧れていた。

実際に歩いてみた感想は現実はよれよれだし、

傷口は痛いしで結構大変だった…

 

午後から点滴を外してもらうことができた。

そのあと看護学生さんに体をふいてもらった。

お下の清拭は看護師さんが担当だった。

看護学生さんに見学されるのは恥ずかしいかなと

思ったけど、すぐに終わった。

それよりもさっぱりできてよかった。

 

点滴が外れたあとはロキソニンとマグミットを処方され

自分のタイミングで服用することになった。

ロキソニンは8時間ごと、マグミットは食後。

 

マグミットの効果があってガスは結構出たけど、

肝心の便がなかなかでなかったので、

先生、看護師さん、看護学生さんが来るたびに

ガスでてますか?があいさつ代わりになっていた。

 

看護学生さんが「お話しましょう」と来てくれて、

入院するに至った経緯を事細かに説明したり、

このときはまだ少しフラフラすることもあったので、

退院後に普通にもどれるのかとか、

貧血が改善するのかとか退院後の生活で

不安なこととかを聞いてもらった。

 

そのあとすぐに不安に思っていることの解決方法を

調べてくれて教えに来てくれた。

仕事が早い。

タンパク質と食物繊維が大事らしい。

 

夕飯までは少し歩いたり、少し昼寝をしたり。

夕食は半分くらい食べて、

就寝時間までは友達にLINEしたり、

動画を見たり、スマホをひたすらいじっていた。

 

就寝は前日と違ってフリースタイルで寝れるので、

安心していたが、この日は腰の痛みはなかったけど、

傷口がうずいてこの日も寝れなかった。

 

翌日先生に傷口が痛いといったら

お臍付近は複雑で痛くなりやすいとのこと。

遠慮なく痛み止めを使うように言われたので

素直に実行することにした。

 

 

 

 

 

記憶が戻ったのは4時間後。

14時半に手術が終了したらしい。

4時間2分かかった。

 

名前を呼ばれたのは覚えている。

直前まで仕事に追われている夢を見ていたので

『はい!行きます行きます!!』と答えたような気がする。

 

気づけば病室に戻っていて、

電気毛布に包まれ、膝下には血栓防止のフットポンプがプスプスしていた。

右腕には点滴が繋がれ、指先には血中酸素濃度の器具があった。

 

看護師さんにメガネをかけてもらって、

貴重品入れに入っていたスマホを取ってもらった。

記憶にないけど15時過ぎに仲良しの同僚に報告のLINEを送っていた。

 

記憶がはっきりしたのは16時半。

術後3時間で水が飲めるようになるのでスマホで時間を確認した。

母親、姉、友人に報告LINEを送り、

ホットフラッシュで暑くなって扇子で扇いていた。

 

痛み止めが効いているのか傷口は痛くなかったけど、

ずっと仰向けの体勢で寝ていると腰が痛くなってきた。

普段横向きでないと寝れないこともあって仰向けがしんどかった。

ここからひたすら時間との戦いになる。

 

病室に時計がないのでスマホで時間を確認するしかない。

私のスマホはiPhone15proで重たい。

それが術後の私には苦痛だった。

 

17時半になって水が飲めるようになった。

あらかじめ冷蔵庫にペットボトルにストローで飲める蓋をつけて

用意していたのを看護師さんに取ってもらった。

乾燥していたので水がおいしかった。

ペットボトルは枕元に置いてもらって自由に飲んでいた。

 

数時間ごとに寝たり起きたりして22時になっていた。

看護師さんが採血、検温、脈拍を測りにきてくれた。

 

看護師さんから頭は上げれないけど、

足を上げたり、少しだったら足を上げてもいいと教えてもらった。

この時すでに汗だくだったので掛け布団を脇に移動して、

腰に負担にならない体勢を試行錯誤することになった。

 

腰痛で眠れない状態が続く。

夜中の1時15分頃に看護師さんがきてくれた時に腰痛を訴えた。

2時に痛み止めを点滴できるのでそれまで我慢できるか聞かれた。

我慢するしかない。ひたすら耐えた。

何度も時間を確認したけど数分しか進んでなくて長かった。

 

やっと2時になった。看護師さんは来ない。

夜勤の看護師さんは忙しいはずですぐに来れるはずもないので、

2時10分まで待った。まだ来ない。

悩んだけど、我慢も限界でついにナースコールを押してしまった。

2時15分に看護師さんが来てくれて痛み止めを入れてくれた。

これで寝れると思ったけど寝れなかった。

その後も体勢を横向けたり、足を上げたりしたけど

腰痛が治ることはなかった。

 

3時半過ぎに再び腰の限界が来て

非常に悩んだ末にナースコールを押してしまった。

看護師さんに次の痛み止めは8時になると言われて泣きそうになった。

体勢を横向きにしてもらって腰に布団を入れて支えにしてくれた。

腕が痺れてきたが足が痺れてないなら問題ないらしい。

腕を上げてグッパーするように言われた。

 

腰の痛みですっかり忘れていたけど点滴に

モルヒネの痛み止めを自分で打てるようにセットされていた。

これは麻薬なので使用すると吐き気が出ることもあるらしい。

我慢できず2度使用したが、腰が辛過ぎて吐き気を感じる暇はなかった。

 

そうこうしてるうちにウトウトしていたら起床時間になっていた。

やっと上半身を起こせるかと思ったけど、8時までダメらしい。

でも外が明るくなっていたので待つのはそんなにしんどくなかった。

 

これまでの人生で1番苦痛で眠れない夜が明けた。

今思い出しても頑張ったな、私。