数年前まで、4年と少しの間であったが、介護職員をしていた。
その時に、思っていたことがある。
看護師や他の介護職員は否定していたが、私は確信していた。
植物人間と言われる人たち、誰かが見舞いに来てくれていても認識できないと、医師から判断されている人たちは、明らかに意思がある。
最初に、それを感じたのは、とある特別養護老人ホームでのことであった。
その方は、常に目は一定方向のみを見つめて、体は固く固まってくいた。
医師からは、まわりで何が起きているのか全く認識が出来ないが、口に物が入れば、反射のようなもので、口の中の物を咀嚼し飲み込むとのことだった。
嚥下機能には問題が無いとのことだったので、介護職員が食事介助を行った。
私は、その方の食事介助中にその方に常に話しかけた。
「次は、どれが食べたいですか?こんにゃくは好きですか?今日はお天気がいいですね。」
等々。
ある日のことだった。
突然のことだった。
その方は、急に少ししかめっ面をして唸り声を上げた。
一生懸命に右腕を持ち上げて、ゆらゆらさせた。
それは、まるで何かを指さそうとしていたが、腕が重くて上手持ち上げられないと言った様子であった。
その腕は、甘く煮付けられたお芋の方向へ振られている様に見えた。
私は、
「お芋が食べたいのですか?どうぞ!」
と、お箸でお芋を挟み、口の中に入れた。
私には、お芋を頬張る、その方がほほ笑んだように見えた。
まわりの者は、みんな否定したが、私は、それがほほ笑みだったと思う。
後でご家族に、その方の好物を聞くと、お芋だと言っておられた。
お芋は飲み込みにくく、介護職にはあまり向かないとのことで、そこの施設ではあまり出さないとのことだった。
きっと、久しぶりに見た大好物に、少し興奮されたのだと思った。
とある病院でも、同じような経験がある。
その方も、寝たきりで体は全く動かせず、意識も無いと言われていた。
ベッドに接している他の体の部分と同様、片方の手の平も真平らに固まっていた。
その方も、医師からは、「何もわからない」と、言われていた。
しかし、テレビで相撲を映すと必死に頭の向きを変えてテレビを見ていた。
おむつ交換の時に、痛いと眉間に皺を寄せて、私たちを睨んだ。
その時、一緒におむつ交換に入っていた同僚が、
「首の筋肉だけは柔らかいんだよね・・・」
と、教えてくれた。
その患者さんは、時折、大きな声で叫んでいたが、医師によると呼吸の一種なのだそうだ。
私には泣いているように聞こえた。
別の病院で、たまたま少しご縁のある方が入院された。
その方も、まわりで何が起きているか分からないと言われていた。
しかし、私は、その方が興味があるであろう話を、会う度に話し続けた。
すると、挨拶をすると、こちらを向いてくれるようになった。
そして、私が病室に入って、なかなか傍に行かなければ、声を上げられるようになった。
きっと、「何も認識できない。分からない。」と、診断を受けている方々は、諦めてしまっている気がする。誰かに自分を分かって貰おうとするのを辞めてしまっている気がする。
しかし、例外はある。
死期が近づくと体から抜ける時が時々あるように思う。
遠くに行っておられる時、その方々は完全に抜け殻になっておられた。
しかし、体に戻られると、途端に目の奥に生が宿った。
ご家族が周りに集まるようになると、大概の場合、ご家族の傍に一緒におられた気がする。
現在、私は介護の仕事には携わっていないが、そのことは大切に覚えていようと思う。
何故ならば、人にとってこの世を去る瞬間は、この世に生を受ける瞬間と同様、一番大切なものだと思うから。