悟りたくても悟れない、原因は
今掴んでるものを手離せないこと
今、大切に握りしめてるものが、絶対だと思い込んでいること
差が取れて、自我(エゴ)がなくなり、無我に至るのが悟りですが
大切に握りしめてるものって人によって違いますよね。
人によって違うってことは、個性です。
つまり、個がある。自我がある。
この状態では根本的に悟れません。
手離せない大切なものの例としては 、例えば、
恋人、家庭があったら幸せ(条件、状況)
生き甲斐、プライド
私はここが人とは一味違うのだ、というアイデンティティー
恋人は一人じゃないとダメとかそういう倫理観
セックスに関する固定観念
小さい頃から教え込まれ(洗脳され)、そうでなければならない、と思い込んでいるもの。
それを頑なに守ることで、損をして来たようなこと。(今更、どっちでもよかったとか言われたら、今まで何のためにそれを守ってきたのかわからない!ズルい!みたいな気持ちになるやつ)
それを頑なに守ることで、自分らしさとか自分ってすごい、というような優位性を与えるもの(真面目な自分偉い、とか、なんかそれによってメリットを得ているもの)
自分が自分であるための証し(自分を特別な存在と思いたい欲求)
中でも、究極に、手離せないもの
自分が生きてるってこと
これは生き死にでもあてはまるし、存在意義でもある。
それに必要な、所有の感覚。
この辺りを大切に握りしめてると
いつまでたっても悟れません。
下手をすると、これらを守るために悟りたい、まである。自己矛盾。
これらを守るために悟りたい。でもこれらがあるから悟れない。
大切にするから、自分のものだ、って所有するから、失いたくなくて、不安になる
最初から所有してると思ってなければ、失う不安なんて存在しないよね
悟りによって得られる涅槃とはそれによってもたらされる平穏な心です。
不安のない心です。
生まれてすぐ、何かを自分のものだと思っていましたか?
自分のもの、自分、を規定しなければ、実は宇宙全てが自分になる。
自分を他から分離して、足りないと思い始めたのは、他ならぬ自分自身ですね。