どうも、悟り人、修一です。
愛の対極として、エゴが挙げられますよね。
僕が色々追求を進める中で、いかにエゴでない自分で在るか、ということを1つのテーマにしてました。
ここに取り組んでる方も多いのではないかと思います。
悟りの観点から見たとき、悟りはエゴを超えた無我の境地である、と言われますから、ここに取り組むことも、頷ける話です。
悟った(差取った)とき、全ては1つであった、という事を理解し、自分と世界との境界線がなくなります。これが無我の境地であり、ワンネスと言われるものです。
この時、私がなくなり、エゴがなくなる訳ですね。
なので、エゴを無くそうとするんですけれど。
このアプローチはなかなかうまくいかないんですね。
何故なら、エゴとエゴでないものを分離してしまいますから。
エゴをエゴと認識した時点で、もはや分離であり、悟りの状態ではありません。
悟った結果として、無我になり、エゴでなくなるのであって、エゴのあるところからエゴのないところへ変化するイメージでは、前提として分離があるので、うまくいかないんです。
なので、
全ては1つであり、そもそも完璧である
今ここ、愛しかなく、完璧である。
その完璧とは、エゴも愛も包括し、超越した、真の愛である。
という前提にたつ事が要求されるんですね。
最初から、そうだった、てこと。
でないと、今の自分から考えると、エゴとの分離のあるところから始まっちゃって、難しいんですよね。
そんなわけで、最終的に、エゴも愛もなく、エゴも愛だったねー。っていう事なんです。