どうやら原発否定ということに行きつくのだろう。
大きな転機になるかも知れない。
東電の扱い次第 によっては、とんでもないパラダイムシフトも可能だ。今のインフラをよく観てみよう。送電網、ガス配管、上水道配管、下水道配管、電話網、鉄道網、道路網...これらの根幹となるものは常に電気だということは誰でも判る。
この送電網は誰のものだろう 。ここにこそ総ての解決へのカギがある。
発電なんて実は大した問題ではない。政治家は自らの存在意義を賭けて、ここだけ集中して考えてほしいね。
ところで、
吉村昭の「三陸沖大津波」 。政治家で読んだ人はいないのかな。第1章(明治29年大津波)、第2章(昭和8年のもの)、第3章(昭和35年チリ地震の余波による津波)と、65年の間に3度も被災した事実の取材記である。
これまでの本州観測史上最高の波高は38.2mとされているが、この大津波こそ明治29年の三陸大津波だ。
また、未だ記憶に新しい北海道南西沖地震では奥尻島を30mの津波が襲った。
確かに今回のM9.0という地震規模が想定外なのは判る。しかし津波の規模は想定外と云えるだろうか。
自然は確かに離れて美しく、近づくと常に恐ろしい。
私たちはそれを常に忘れがちになる。というより過ぎたことは都合良く忘れる..自然から隔離された生活に慣れすぎたということなのだろう。
弱い者はやはり怖がること だ。
「たいてい勇気ある行動と云うものは、別の在るものへの怖れから来ているもので、全然恐怖心のない人には、勇気の生まれる余地がなくて、そういう人はただ無茶をやってのけるだけの話です」..by三島由紀夫。
というわけで...
吉村昭の小説「羆嵐」と木村盛武の事件記録「慟哭の谷」 の2冊の本を今、知ってほしいのである。
これは何れも三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)
を記したもの。
三毛別羆事件とは、明治29年の三陸大津波の19年後の12月(1915年12月9日~14日)、北海道留萌苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢の開拓村で起きた日本史上最大の獣害事件。
明治以降の開拓によりヒグマと人間の活動範囲が重なったことによる悲劇と云われているが、誤解を恐れず敢えて言うと、観方に由っては、これほどタイムリーな題材はないのではないかと思う。
だから解説はしない。
ちなみに、読書まではという方のために...今は非常時でもあるので、1980年の
TBSのラジオドラマスペシャル「羆嵐」の音源 を以下に貼り付けてしまう。
これは吉村昭の小説「羆嵐」を倉本聡の脚本で、高倉健・倍賞千恵子・寺田農・浜村淳・北林谷栄・笠智衆...いやはやとんでもない面子での作品であり、これだけで文化財的教材かも..1時間51分ヘッドフォンに耳を澄ましてみてほしい。さらに「三毛別羆事件」をウィキペデァで開きつつのマルチ学習を並行することを勧める。そして、2時間後に暫し、今回の震災=逃げ場のない自然の恐怖を考えてほしい。
電化生活のありがたさがまた違って感じられるはずだ。
付録)
ラジオドラマでは、矢崎滋が羆(ひぐま)大討伐隊の若き指揮官を演じているが、仕留められない不安と恐怖から集落の区長は独断で、素行に問題のある"銀おやじ(マタギ)/高倉健"を頼る..がそれがバレて..「私が指揮官だ!」という件がある。実際の事件での当時の指揮官は一人の警部であり、その姓は"菅"であった..
ちなみに今、自衛隊の最高司令官はやはり"菅"という人が就いている。