【飲食店 宣伝】TBSテレビ「噂の!東京マガジン」に取り上げられた西川口・焼焼売誕生物語(後編)
こんにちは、小さな飲食店の集客実践会・代表の浅倉です。
前回の続きです。
番組の中で紹介されたお店やメニューを知りたい人は、この記事を参考にしてくださいね。
TBSテレビ「噂の!東京マガジン」(2012年11月4日放送)の「街ネタ !! だからどうした?」というコーナーで、西川口新名物・焼焼売誕生秘話が紹介されました。
西川口の顔になりつつある焼焼売(焼きシューマイ)、開発したのはどんな人物なのか?
ここから焼焼売誕生物語が始まります。
焼焼売を開発したのは、西川口で20年近く続いている中華山東料理の店「異味香」の2代目、山田慶忠さん。
創業者で父親の孔憲萼さんは、中国の思想家・孔子の72代目だという。中国山東省で生まれ、41歳のとき親戚を頼って西川口に移り住み、店を持つという夢を叶えました。
開業当時から、憲萼さんが作る煎人餃子(焼き餃子)は16種類の具材から出るスープがあふれる餃子として大人気に。
そして、焼焼売(焼きシューマイ)を開発したのが息子の慶忠さん。
焼くことによって、黒豚の香ばしい香りが出てくるのです。
焼焼売の具材は豚肉とタマネギ。豚肉のうまみを十分に引き出すため、シンプルな作りにしています。薄めの皮で包み、一度蒸しあげたものにフライパンで焼目を付けることで、豚肉の香ばしさがいっそう際立ちます。
焼焼売が誕生するまでの経緯は――
「西川口がかなり沈んでしまいまして、街おこしをしようということで、埼玉県産のもので何かないかと。そんなとき彩の国黒豚という黒豚がすごく優秀であると。これは何か使えないかなと」
埼玉県のブランド黒豚に注目、街おこしのために焼焼売を完成させたのですが…。
「いろいろな団体などに持っていって、新名物として街おこしをしたいんだという説明をするが、なかなかみなさんにご理解いただけなくて」
新メニューはリスクが高いものとして受け入れられませんでした。
そこで発想を転換。
「じゃあ、シューマイの皮に何かを包んで焼けば焼焼売だとして、一軒一軒回ったら、みなさんがそれおもしろいね、やってみようと」
焼焼売の条件を、「焼売を焼く」ということと「店によってアレンジをしてもよい」ということにしたところ、参加店が次々と現れたのです。
お店の個性を生かしたものが続々と生まれました。
居酒屋さんでは、蒸した焼売を炭火で焼いた焼焼売。ゆずこしょうでアクセントをつけた「豚タン入り串焼焼売」。
バーのおつまみにも焼焼売。焼売を四角く包み、トマトソースで食べる、見た目もおしゃれな一品「グリンピース焼・逆焼売」。
コンビニでも、海老が入った「台湾海老 焼焼売弁当」として390円で並んでいます。
おそばやさんでは鶏肉を使った焼焼売。和風出汁で蒸し焼きにし、ワサビを付けていただく「おそばやさんの焼焼売」。
「焼焼売が中華料理屋さんだけになってしまうと、西川口全体には行き渡らないので、和洋中いろいろな味を楽しんでもらえると、商売的にも西川口の街としても活性化していくかなという感じですね」(そば処 二幸)
それにしても、焼売を焼くという発想はどこから生まれたのか?
「たまたまうちは餃子が有名だったんですけど、焼き餃子が。そこから思いついて焼いてみたらどうかなと。で、焼いてみたら皮がパリパリっとしてて、香ばしい香りがスパーッと出てくるんですよね。これはいけると。先代の父が作った餃子がヒントですね」
慶忠さんは焼焼売の開発当時、ただ蒸しただけの焼売では街おこしとしてのインパクトが足りないと思い悩んでいました。
そんなとき厨房の鉄板を見て、お店の看板メニューであるお父さんの餃子を思い出し、焼いてみることを思いついたのです。
憲萼さんにとって、西川口は自分の店を持ちたいという夢を叶えてくれた街。
自分の息子が後継ぎとなり、焼焼売という新たな名物を作って、元気がなくなってきた街をもう一度盛り上げることで、西川口への恩返しができることをうれしく思っているのです。
「B級グルメっていうのは、やっぱりカンタンな縛りがあるっていう、カンタンじゃなきゃいけない。縛りが多すぎてもね。
だから、焼売で “焼くだけ” っていうところでアレンジしていいっていうことで、ほかにもキムチを混ぜ込んである焼焼売とか、焼き鳥屋さんなどではナンコツの入った焼焼売もあるんです。
バリエーションが効くっていうところが広がりそうですね」(小島奈津子さん)
>> TBSテレビ「噂の!東京マガジン」に取り上げられた西川口・焼焼売誕生物語(前編)
前回の続きです。
番組の中で紹介されたお店やメニューを知りたい人は、この記事を参考にしてくださいね。
TBSテレビ「噂の!東京マガジン」(2012年11月4日放送)の「街ネタ !! だからどうした?」というコーナーで、西川口新名物・焼焼売誕生秘話が紹介されました。
西川口の顔になりつつある焼焼売(焼きシューマイ)、開発したのはどんな人物なのか?
ここから焼焼売誕生物語が始まります。
焼焼売を開発したのは、西川口で20年近く続いている中華山東料理の店「異味香」の2代目、山田慶忠さん。
創業者で父親の孔憲萼さんは、中国の思想家・孔子の72代目だという。中国山東省で生まれ、41歳のとき親戚を頼って西川口に移り住み、店を持つという夢を叶えました。
開業当時から、憲萼さんが作る煎人餃子(焼き餃子)は16種類の具材から出るスープがあふれる餃子として大人気に。
そして、焼焼売(焼きシューマイ)を開発したのが息子の慶忠さん。
焼くことによって、黒豚の香ばしい香りが出てくるのです。
焼焼売の具材は豚肉とタマネギ。豚肉のうまみを十分に引き出すため、シンプルな作りにしています。薄めの皮で包み、一度蒸しあげたものにフライパンで焼目を付けることで、豚肉の香ばしさがいっそう際立ちます。
焼焼売が誕生するまでの経緯は――
「西川口がかなり沈んでしまいまして、街おこしをしようということで、埼玉県産のもので何かないかと。そんなとき彩の国黒豚という黒豚がすごく優秀であると。これは何か使えないかなと」
埼玉県のブランド黒豚に注目、街おこしのために焼焼売を完成させたのですが…。
「いろいろな団体などに持っていって、新名物として街おこしをしたいんだという説明をするが、なかなかみなさんにご理解いただけなくて」
新メニューはリスクが高いものとして受け入れられませんでした。
そこで発想を転換。
「じゃあ、シューマイの皮に何かを包んで焼けば焼焼売だとして、一軒一軒回ったら、みなさんがそれおもしろいね、やってみようと」
焼焼売の条件を、「焼売を焼く」ということと「店によってアレンジをしてもよい」ということにしたところ、参加店が次々と現れたのです。
お店の個性を生かしたものが続々と生まれました。
居酒屋さんでは、蒸した焼売を炭火で焼いた焼焼売。ゆずこしょうでアクセントをつけた「豚タン入り串焼焼売」。
バーのおつまみにも焼焼売。焼売を四角く包み、トマトソースで食べる、見た目もおしゃれな一品「グリンピース焼・逆焼売」。
コンビニでも、海老が入った「台湾海老 焼焼売弁当」として390円で並んでいます。
おそばやさんでは鶏肉を使った焼焼売。和風出汁で蒸し焼きにし、ワサビを付けていただく「おそばやさんの焼焼売」。
「焼焼売が中華料理屋さんだけになってしまうと、西川口全体には行き渡らないので、和洋中いろいろな味を楽しんでもらえると、商売的にも西川口の街としても活性化していくかなという感じですね」(そば処 二幸)
それにしても、焼売を焼くという発想はどこから生まれたのか?
「たまたまうちは餃子が有名だったんですけど、焼き餃子が。そこから思いついて焼いてみたらどうかなと。で、焼いてみたら皮がパリパリっとしてて、香ばしい香りがスパーッと出てくるんですよね。これはいけると。先代の父が作った餃子がヒントですね」
慶忠さんは焼焼売の開発当時、ただ蒸しただけの焼売では街おこしとしてのインパクトが足りないと思い悩んでいました。
そんなとき厨房の鉄板を見て、お店の看板メニューであるお父さんの餃子を思い出し、焼いてみることを思いついたのです。
憲萼さんにとって、西川口は自分の店を持ちたいという夢を叶えてくれた街。
自分の息子が後継ぎとなり、焼焼売という新たな名物を作って、元気がなくなってきた街をもう一度盛り上げることで、西川口への恩返しができることをうれしく思っているのです。
「B級グルメっていうのは、やっぱりカンタンな縛りがあるっていう、カンタンじゃなきゃいけない。縛りが多すぎてもね。
だから、焼売で “焼くだけ” っていうところでアレンジしていいっていうことで、ほかにもキムチを混ぜ込んである焼焼売とか、焼き鳥屋さんなどではナンコツの入った焼焼売もあるんです。
バリエーションが効くっていうところが広がりそうですね」(小島奈津子さん)
>> TBSテレビ「噂の!東京マガジン」に取り上げられた西川口・焼焼売誕生物語(前編)




