面白い話、不思議な話、ワイルドな話 -74ページ目

面白い話、不思議な話、ワイルドな話

自然を愛し、山を愛し

人を愛した賢者です。

表にはあまり出ることを

望まなかった

隠れた賢者の

言葉を書いてみます。

自分で動かそうと思ったのか

手が勝手に動きだしたのか
はっきりしなかった。

自然に
両手が胸の前で合掌する形となり、
両方の手のひらを上に向けた。

手のひらに何かを乗せてもらうのを
待っているような姿勢をとっていた。

すると両手は頭の少し上のあたりまで自然に持ち上がり
頭を下げてお辞儀のような格好をしていた。

目は閉じたままだが
たぶんそのような姿勢をしているだろうと
想像していると


数分後、何か明るさを感じた
目はずーっと閉じたままだったが


天井のあたりから
何か丸いものが見えてきたように感じた。

何かなと思っていると
大きさはピンポン球位で、光る玉が出現した。


見えているわけではないのだが
そんな感じがした。


両手の手のひらに、上から光る玉が降りて来たのだ。



両手でその玉を大事そうに包み込んで
胸のところにそーっと持って来た。


すると、光の玉は
胸から、フワーッとした感じで
自分の体内に入ってきたのだ。



ウオーッ。これは、自分の妄想か?



とも思えたが、
両手の動き、胸のところに持ってきた動きもわかるし、
光の玉を感じた。

綺麗な光を放つ玉だった。
妙に落ち着いた気持ちになった。



見えたわけではないが
それがわかったいう感じだった。




自分にとっては衝撃的な
事件だった。


来る日も来る日も
意味もわからず正座して

この事にどのような意味が有るのだろう??

そんな事思いながら
足のしびれと戦ったりしていたのだから・・・。


神とか、見えない世界を
否定していた自分にとって
益々理解の出来ない事件になった。

電話かけたいな・・・・

でも人の妄想かも知れない話を
電話するなんて・・・・

しかし、


ばんしに、電話しようと決心した。



「久しぶりだね。変わったことがあったか?」
電話がつながるとすぐ聞かれた
又、読まれているのか。


光の事を話すと、黙って聞いてくれていた
ばんしが急に大きな声で

「よかった。よかった。それは良かった。」

「いやー、良かったな・・・・。」

何度もこのせりふを言ってくれた。
一体なんだ???


「これは良かったことなのですか?」



「自然が一つの力をくれた。そういうことだ。」



「おおかた、病気も治るかもしれないな。」



つぶやくように言われた。


「そういう気持ちで生きていることが病気の原因ですか?」

「自然の目から見るとそうだな。」

「きつい薬の副作用とか、化学物質が原因でなる場合もあるが、そうでない場合は
本人の気持ち、心がけだ。」


「喘息という病気は苦しい、なった者でないと理解できない苦しさがある。」

「それは私も良く知っている、うちの家内も喘息を持っているんだ。」



「そうですか、奥さんも。」


「それじゃ喘息という病気は治らないという事ですか?」

「治るよ、いくらでも。ただ家内は私の言うことを聞かない。」


「だから私も力を貸すことが出来ないのだ。」


「自然は求める者には、与えられる。しかし、求めない者には与えられない。
いくら私が家内の病気を治したいと思っても、
本人が健康を求め、自然に対する心構えを変えない限り病気は治らない。」



「自然社会には掟というものがあるんだ。
私がどのように祈ろうと、夕方になれば太陽は沈んでいく。

一生に一度のお願いですから今日だけは太陽を3時間遅れて沈ませてください
と願っても、自然は待ってはくれない。これも掟だ。」


「それじゃ治るにはどうすればいいのでしょうか?」



「それは、座ることだ。」



「5分間でいい。」




「どこに座るんですか?」


「どこでもいい。神棚の前でも、なければ壁に向かって座ってもいい。」


「毎日、朝起きたら5分間、夜眠る前に5分間座ることだ。」



「正座ですか?}

「そうだ、正座だ。」


「友達にそれを言ってあげなさい。

でも・・・・、しないだろうな、続かないだろう。」
と言って笑われた。



「家内にも過去に言ったことはある。

しかし、3日ほどはするが、途中でやめてしまう。」


「こんな3日坊主では駄目だな。」


「私がいいと言うまでずーっと続けるような根気があれば治るけどな。」



「わかりました、友達にそれを教えてあげます。」



自分を振り返った。そんなに感謝をしていないかな?


太く、短く、華々しく生きて
ぽんと死んだらそれでおしまい。後は無だ。


そんな考えを持っていたのだから
感謝とかしていなかったのかな?


誰でもそんなものではないかな
なんて思ったが
正座をする事をやってみようと思った。

でも、そんな簡単な事で治るように思えない。

何度色々な病院に行ったことか。


病院はもとより、神社、仏閣、はては
ご祈祷、霊能力があるといわれる人達の所まで、

様々なところを
歩き回ったのだ、子供の頃から。

すべての期待は裏切られ
20歳を越えてもまったく良くならず
同じ状態だった。



そこで、自分の信念が出来た。

生きているうちに、したいことをしておこう。
死んでからでは遅い。

この世に人を救う神など存在しない。

苦しみを取り除いてくれる人はいない。

苦しみは他人に理解されず、ただただ耐えるだけだ。
限界になれば
強力な薬を使うだけだ。


そんなおかしな信念に固まっていた。


頼りになるお医者さんとか、神様とか
人間とかいない。


そこまで、すさんでいた。


なのに
正座をすれば治る、健康になる。
理解できなかった。

しかし、他に方法もない。


だまされたと思ってやるしかないか。



絶対に3日坊主にならないと決心した。
これは最後の希望だというような、
悲壮な覚悟でもあった。


その日から
朝と夜
正座をする事に決めた。



ばんしは、正座の時別に何も考えなくてもいい、
ただ座るだけでいい。

そう言っていた。



1ヶ月が過ぎた

毎日続けた、どんなことがあっても正座だけはしていた。


日記を書くことにして
どのくらい健康な日が継続するか
記録していった。


でも1ヶ月の間に
1回くらい発作の兆候があって
きつい薬で
ごまかした。


寝込むことはなかった。


数ヶ月続けていた有る夜
いつもの通り

正座をしていたら


腕が勝手に、少しずつ動き出したのだ・・・・・。

でも、自分の弱点をさらけ出す事はいやだった。

友達にさえ、薬をお守のように持っていることなんか

一度も言ったこと無い。

 

 

数日考えた。

 

 

 

後ろの存在が病気と関係すかな?



 

無駄なことをするだけかな?



 

神とか霊とか、そんな見えなものをあてにする

弱い精神がだめなのか?

 

 

 

誰にも相談する人もいなかったので

 

思いきって電話をする事にした。

 

 

自分ではなく、友達の悩みという事で

 

質問をすることにした。

 

 

 

 

数日後、おもいきって電話した。

 

 

 

「もしもし?」

 

 

 

「この前は遠いところご苦労さんでした。無事に帰れた?」

 

例のごとくかける前に自分だと読まれている。



軽い挨拶の後、


 

「ちょっと質問なのですが、

病気とかも後ろの存在に関係があるのでしょうか?」




 

「友達の悩みなんですけど・・・。」



 

 

 

「あるね。持病だなんていう病気を持っている人もいるが、

後ろの存在が本人に気づかそうとしている場合もある。」

 

 

 

 

 

「友達は子供の頃から喘息を持っていて、

20歳半ばでも発作が出るらしいんですが・・・」



 

 

 

「喘息になるという事は、感謝する気持ちが無いと起こるんだ。」

 

 

 

「どういうことですか?」

 

 

 

「親が何か自分のためにしてくれても、

友達が何か自分のためにしてくれても

 

それが当たり前だと思って生きているんだ。」




 

 

 

「食事を食べても食べるのが当たり前。」



 

 

 

「こうった気持ちで生きていると、自然は本人に感謝の気持ちを気づかす為に空気を止めるんだ。」

 

 

 

「空気は有ることは知っているよ、でも当たり前だと思っているから感謝はしない。」

 

 

 

「空気がなけば5分も息を止める事はできない。

その空気という存在が有って生きていられるのに

 

空気に対する感謝の気持ちなど持っていないからだ。」



 

 

 

「神様も有るかも知れないとは思うが、目には見えないな。

霊も同じかもしれない。普通は見えない。」



 

 

 

「見えない存在は無いとして、生きるのは自分の力だ。

人が自分に対してしてくれることは当然だ。」



「こういう気持ちを持つと、空気を吸わせてもらえな

、吐くことさえ出来なくなったりするよ。」



「へー、そうなんですか・・・・・。」