ばんしに
電話をかけて
色々質問した。
なぜ行かれた事もないのに
場所がわったのですか?
「それは私の心にそういう風景が
現れるから、私は素直に言葉に出すだけだ。
まあ、私の影だな(陰)が私に教えてくれる。」
「だから、こんなことも出来るよ。」
「お前の知っている人で、私の知らない人。
たとえば会社の同僚でもいいから心に思い出して見なさい。」
言われたとおり会社の人を2分くらい思い浮かべた。
「はい。もういいよ。」
「その人はやせた人で、頭は堅めの髪の毛を左から右に七、三に分けているな。
年のころは40台前半だ。」
「人を呼ぶ時、アーちょっと、ちょっと、これをこうしてくれる。
というような仕草をするな。」
「歩く時は右肩を少し下げて、ちょこちょこといった
歩き方をする。」
「そして、この人の現在の最大の不満は給料が安い。
これだけ自分は
会社に尽くしているのだから、社長はもう少し自分に
給料を払ってもいい。
他のものより自分は頑張っている。」
「そう思っていいるよ。」
まさに彼はそのとおりの仕草をよくしていた、姿も顔の様子もばんしの
言ったとおりだった。
給料の事は本人が口に出したことは無いので
いつかチャンスが来たら聞き出そうと思った。
普段は不満のなさそうな態度をとていたので。
「何でそんな事がわかるんですか??」
「それは、お前が心に浮かべるからそれを私の心に写して見るとわかる。」
「でも、普通はわかりませんよ。」
「それは心が磨かれていないというか、迷いがある心だから無理なんだ。」
「自分に素直になって心を見ればわかるものだ。
ちょうど心は鏡のようなものだ。
「一つの鏡に映るものをもう一つの鏡に写して見ることが出来る、
それとおなじように心を写すのだ。」
「今のは天の心に写した。土(地面)の心に写す事も出来るよ。」
「例えば、胃のところに少し不快感があるのと、
右の肩の首に近い部分が少し痛いな今、お前は。」
そう言われて考えてみると、バイクで遊んでいて転んだ時、
肩を打ったことを思いだした。
胃の部分はちょくちょくなる不快感だった。
「体のことまで分かるのですか?。」
「天地人、というな。天が心なら、地は体肉体だ。
体を写せばその人の痛いところや不快な部分も分かる。」
このようなことがも出来るのか・・・・恐るべし。」
電話でこのような現象を見せられると信じるしかなかった。
否定するだけの材料がなかった。