どこに向かって歩けばいい? | 面白い話、不思議な話、ワイルドな話

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自然を愛し、山を愛し

人を愛した賢者です。

表にはあまり出ることを

望まなかった

隠れた賢者の

言葉を書いてみます。

ばんしの語る「日」のお話

古代、人々は夜が恐怖だったのだ。

何も見えない

焚火をして暖を取っても光はそれ程強くない

山には獣や盗賊もいる
何者かに襲われるような恐怖は常あった。

暗闇の中で人々は、ただ朝を待つしかなかった。
そして朝日が登り始めると
周りが少しずつ見えるようになってくる

小鳥がさえずりはじめ
命の息吹を感じる

一日の中で一番安心する時間だな
このような光、太陽を神としても

自然な感情だったと思うよ。

民族によって日は海から昇ると思った者たちと

日は山から登ると思った者たちがいた。

南方の民族は、日は登ると思って雲が天でその上に
日があると思って「日天」にってんの神とした。

山岳民族は雲が上で日は下に有り
「天日」てんにちの神とした。

どちらも太陽、自然を尊ぶということだな。

呼び方も民族によって色々だったと思うが、同じ太陽だ。

国内でもこの村はこの山から日が昇るから
神はあの山におられると思い、
村の長が亡くなると

あの神の山にお墓を作ってあげようと言うことで
神社が出来たりしたものだろう。

全国に神社があるよね。

私は本来は光、太陽を信仰したものではないかと
考えている。

それでは聞く、心の中の太陽とは何だと思う?

太陽を尊ぶとはどうすることだと思う?

「毎日、日の出を拝むのでしょうか?」

うーん。体はそれでも良いかもしれないが
心の中の太陽を尊ぶには、朝日を拝むことだろうか?

・・・・・・・・・????

それは、希望だ。希望こそ心の中の光。

太陽だ。

真っ暗な心の中に、かすかだが、一点の光希望、光が射した
とする。

人間はその光、希望を目的に歩きだすのだよ。

だから
日を尊ぶということは、どんな状況にあっても
希望を失わず

一点の光に向かって進めば良いのだよ。
これは人間の世だけでなく

仏の世に入っても
光に向かって歩けばいいのだよ。

日に向かえば人の後ろに陰が出来る。

陰とは人を支え押す存在だな、守護霊とか背後霊とか色々呼ぶな。

誰にもあるよ。

この陰が強まるのだよ。

日に背を向け闇に向かって進む時、
影は消えるよ。

陰の消えた人は、その人は、倒れるだけだよ。

陰が薄いという言葉もあるな。

人間はどんな時にも光、希望に向かって歩くこと。


これが幸せの道だな。