第九夜はこちら
ミクちゃんと付き合いたいのか、と聞かれた時は心底呆れたけれども
きっとそんな心底単純でバカな所が好きだった
どうしようもなく
自分とは違って、一点の曇りもない人生を歩んでいく綾人の隣で
どんどんと泥に飲まれていくみたいな自分のこの感情を壊したかった
ただそれだけだった
「損害賠償として俺にキスしろ」
「あれ?罰ゲーム的な?」
罰ゲーム
そうだ、綾人にとっては罰ゲームなんだ
女の子とキスするのは好きだから、なくせに
自分とキスをするのは罰ゲームなんだ
うっそ~、冗談
綾人のせいで佐竹さんに詰められたからムカついただけ
今度何か奢れ
そう言えばまだ戻れたのに
それなのに
隣り合って座った綾人の顔が近づく
何度も、何度も、何度も、頭の中で想像した
綾人が自分に触れる事を
何度も、何度も、何度も
そっと目を閉じ
自然に唇が開いた
それはただ触れるだけの、罰ゲームのキスだったはずなのに
綾人の手が首の後ろに回る
身体のどこかが熱くなる
ヤバい、バレる
そう思うのに離れられない
死ぬほど願った
綾人と触れ合いたい、深い所に入り込みたい、深い所に入って欲しい
それなのに
一瞬の静寂の後、綾人がいつもみたいな笑顔になる
「罰ゲーム終了!」
その瞬間、望んだように壊れた
壊れて、もう戻せなくなった
自分が望んだはずなのに
それなのに
「帰る」
ただそう言って綾人のマンションを飛び出す
あ~、俺何で泣いてんだ
男の子は泣いちゃいけません
小さい頃、母親だか祖母だかに言われた言葉が蘇る
男の子なんだから泣いちゃ駄目
「好きで男に生まれたわけじゃない」
奥歯を噛み締める
女の子になりたいわけじゃない
女の子が好きなものが特別に好きなわけでもない
ただ
ただ綾人が好きなだけだった
どうしようもなく
ただ綾人が、綾人の事が好きだっただけなのに
そうやって
その日、自分で初恋を殺した
どうしようもなくなった感情を、自分自身の手で、殺した
もう2度と、誰かを好きになったりしないように
もう2度と、誰かに恋心なんて抱かないように
もう2度と、惨めに傷つかないように