第三夜はこちら
松本さんが綾人の事を好きな事はわかっていた
それでも綾人と行く夏祭りの誘惑には勝てなかった
1口よこせ、綾人がそう言って俺の手を引き寄せて齧ったリンゴ飴の赤い色も
え~、愁のが手先、器用じゃん
愁が取ってよ、と綾人に言われて救い上げた水風船のマーブル模様も
全部色鮮やかに覚えている
帰り道、女子達に誘導されて、うっかり2手に分かれた時に、嫌な予感がした
名前も覚えていない、俺に押し付けられたその女の子は
ねぇ片倉君って好きな人とかいる?とか何とか聞いてきた気がするけれども、俺は終始上の空だった
綾人はどこだろう?
松本さんと一緒だよね?
一体何してんだろう
綾人は?綾人は?綾人は?
ねぇ私の話、聞いてる?と聞かれ
聞いてないし、聞くつもりもないと答えた俺を置いて
怒った彼女が1人で帰ってしまった事は憶えている
1人で帰った彼女ではなく、綾人を探した
綾人を松本さんと2人きりにしたくなかった
あれは好きな男の子を見る目だと気づいていたから
そしてその夜、綾人と松本さんがぶつかるみたいにして不器用にキスする所を見た
それは端から見ると全然ロマンティックじゃない
全然映画やドラマで見るみたいじゃない不器用なキスだった
けれども、その瞬間、自分の中にある感情に名前がついた
あ~、俺、綾人の事、好きだ
友達としてではなく、好きだ
松本さんではなく、自分がそこにいたい
綾人の隣にいて、あんな目で綾人に見つめられたい
あんな笑顔を向けられたい
手を繋ぎたい、触れ合いたい、キスしたい
したい、したい、したい
綾人と恋がしたい
