「愁くん?」

ソファの上で背中を預けていた一ノ瀬さんの声に意識が返る

「どうしたの?」

一ノ瀬さんの声はいつも優しく、フラットで穏やかだ


「初めてキスした日の事を思い出してた」

罰ゲーム、だったっけ?

独り言みたいな一ノ瀬さんの声



「あの日、俺」

一ノ瀬さんから身体を離して、小難しそうな雑誌を取り上げてぱたんと閉じる

「読んでるんだけど?」

その声は無視する


「初恋を壊した日?」

穏やかで、フラットな声

「壊した、っていうか、殺した」

いつか自分は、この声を乱す事が出来るんだろうか?


「色んな事をリライトしたい」

「・・・・・」

「リライトして?」

「殺すくらい大切だったのに、僕がリライトできるの?」


1度会ってみたいな、キミの初恋の彼

一ノ瀬さんが俺を見る

ため息が出る

「何?」

一ノ瀬さんの笑い声


「拾ったんだから責任もって躾けてよ」

「キミは猫じゃなくて人間でしょ?」

一ノ瀬さんの膝にゴロンと転がる


「撫でて」

何も言わないけれども、髪を撫でる手が気持ち良くて眠くなってしまいそうで

「少し眠っても良いよ?」

後で近くまで送っていくから

柔らかい声に手を伸ばしてシャツの袖口を掴む


「泊まっちゃ駄目?」

「駄目」

「ならキスして?」

笑った一ノ瀬さんの目を見る


滲むみたいな優しいアイライン

一ノ瀬さんが持ち上げた俺の手の甲に唇が軽く触れる

「それ、キス?」

 

「僕たちの関係なら、このくらいが限界でしょ?」

「早く大人になりたい」

「キミが大人になる頃、僕はおじいちゃんかもね」


不満顔で見上げるけれども、穏やかな視線にぶつかるだけで

「それでも早く、大人になりたい」

19歳は子供じゃない

けれどもきっと、大人でもない


初めての恋心も、初めてのキスも、初めての経験も、何もかもが

結局はリライト出来ずに、ここに転がったままだ