愁の母親から電話が掛かって来たのは

モラトリアム期を満喫する大学生活にもすっかり慣れた2年生のGWの少し前だった

幼馴染というには知り合った時期が少し遅い

だけど中学の時に同じクラスで前後の席になったのがきっかけで仲良くなり

そのまま同じ高校に進んで、高校時代はお互いの家に泊まりに行くくらい仲が良かった

気恥ずかしい言い方をするのならば親友、ってヤツだったはずだ

あの「事件」が起こるまでは


男子大学生が1週間自宅に帰って来なくても、連絡がついているのならばそれほど心配しないで良いとは思うのだけれども

愁の母親は酷く動揺していた

言外にトラブルの匂いを感じた時に自分の中にあったあの感情は何だろうか?

関わりたくない?

それとも・・・

気がついたら、連絡してみます、とおばさんに約束をして電話を切っていた


講義は3限で終わり、俺はスマホを取り出す

学校ですれ違うくらいはしたけれども


受験の忙しさで誤魔化したまま卒業してから連絡を取っていないから、ちゃんと会ったのは高校3年生の夏前が最後だ

電話番号は変わっていないと母親から聞いていた

自分の番号も変わっていない


出ないよな、と1人呟いて何故か緊張してその連絡先をタップする

河瀬愁

1、2、3、4、5

20まで数えて出なかったらスマホを置いて、愁の母親には連絡がつかなかったと謝るつもりだった

それなのに

18、19

スマホの画面ををタップしようとした瞬間

「綾人?」

聞きなれた声

「えっと・・・愁?」

「他に誰が出るんだよ」

「いや、おばさんにさ・・・」

「あ~、今朝帰って大目玉くらったよ

 綾人にまで電話したって聞いたから呆れたけど」

「あ~、なら」

「綾人、今どこ?」

「学校、だけど」

キャンパス〇〇だよね?

渋谷で会えない?


報告はしていないのに進学先、知ってたんだ

スマホを置いて小さく息を吸った


「綾人!」

身長は全然高い方じゃないのに、何故か愁はどこに居てもすぐにわかる

笑うと大きく広がる口も、切れ長ではないくせに猫を思わせる形の良いアイラインも変わっていない

髪を明るめの茶色に染めた愁は、高校生の時よりも何ていうか・・・

「ピアス、開けたんだ」

何言ってんだ、俺、と思うんだけれども

「うん、行く?」

どこに?と聞かないまま、愁に従って渋谷の喧騒の中を歩き出した