PUBLIC POT SMOKERS -17ページ目

ちゃす





あえて、多くは語らず
水面下での抜き足差し足。

毎日、酒呑んで遊んでるだけだと
思ってんだろー‼笑


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ストレート一発ぶち込むのも
気持ちが良いが、
天の邪鬼ならではのカウンター狙い。

コレが1番気持ちが良い‼

あんな事や、こんな事。
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今から来年の事までも‼
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楽しくなるぜ‼
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今日は久しぶりにスタジオ入ります‼
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明日は松江でLIVE

また告知します。

※溜まった写真を適当に貼っただけです。

では、いってきます‼
シブ。



iPhoneからの投稿

DJ funky ill


先週の金曜日はブレイクスで初めてDJをしてきました!

DJめちゃおもろいやんけ!

話をさかのぼって

金曜日、ブレイクスの森山さんに用があって電話をしたら今日ファンクのイベントがあるという情報を入手。

何!?

ってなってオレのサンプリング用レコード(ファンク、ソウル、ブルースなど)を準備していざブレイクスへ。

入ったらいい曲がわんさか流れてるわー♪(´ε` )

米子にこのイベントはすごく大切だ!
と体がビンビンに感じたとこで無理矢理頼んで初DJ!

っていってもただ流しただけだけどね。

爆音でファンクさいくー!

ぼい!

サル


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move the crowd


■MCとは
MCとは、"Mster of Ceremonies(司会者)"の略で、ラップを職業とするMCが増え、MCに"microphone controller"(Run-D.M.C.)や"move the crowd"(ラキム)など独自の意味を足していった。現在では単なる司会者と特に分けて、Run-D.M.C.が用いた「microphone controller」と一般解釈されている。
「ラップする者」を意味するラッパー(rapper)は、SUGARHILL GANGの「ラッパーズ・デライト(Rapper's Delight)」のヒットによりメディアに広められたもので、オールドスクール世代の「ラップする者」は「ラッパー」の呼称を嫌う者が多い。日本人の「ラップする者」にも「ラッパー」という呼称を嫌う者が多い。

■RAPとは
まず、RAPの土台ができたのは1920年代の話で、その当時、黒人達の間で色々な単語を違う言葉に置き換えて(例えば空:SKYだと、BLUE等)早口で喋る言葉遊びが流行した。それは"JIVE"と呼ばれ、いかにセンスの良い言葉で早口でリズミカルに喋れるかが勝負であった。

RAPの正式名称は"RAPPORT"といい、フランス語からきた単語で、「親密な関係」という意味になるが、【話し合うことでお互いが親密な関係になれる】というのが本来の意味だと思われる。
RAPとは言葉とリズムが刻むビートそのものである。


■歴史
60 年代ジャマイカのサウンドシステム界で、「ダブ」の父キング・タビーと組んでいた MC で U・ロイという人物がいた。彼はトラックのリズムに応じて巧みに言葉をのせていった。これがラップの原型だとして、後々「ゴッドファーザー・オブ・ラップ」と呼ばれるようになった。

HIPHOP創生期、DJ KOOL HERCとその友達が開催するブロックパーティーで、 MCの原型を披露していた事で知られる人物が"コーク・ラ・ロック"である。彼は曲中で曲目を紹介したり客を煽ったりしていた。彼のおかげで今でもラッパーが使う「To the beat y'all!!」といった掛け声が生まれた。

さらにはHIPHOPがアンダーグラウンドからさらに広い世界へ羽ばたこうとしている時、HIPHOPがアンダーグラウンド゙で熱い事を嗅ぎ付けてきたのが、当時はカリスマバンドで知られていたFAT BACK BAND。そのFAT BACK BANDがHIPHOPにおける史上初のシングルレコードをリリースした。その名も"KING TIM Ⅲ"。
そしてラッパーとしては史上初のメジャーレーベルとの契約、MARCURYと契約したのがKURTIS BLOWである。彼のデビュー曲が"CRISTMAS RAPPIN'"。これがクリスマスラップとして初の曲になり、彼は一躍有名の座へと舞い上がった。

こうしてMC/RAPは誕生し、音楽として確立していった。


■初期の重要人物
この文化が広まっていったのは何も、上記で述べたコーク・ラ・ロックやFAT BACK BAND、KURTIS BLOWからだけではない。

挙げればきりがないが、まず有名なグループとして冒頭でも挙げた"SUGARHILL GANG"、彼らはSUGARHILLレーベルの社長・シルヴィアロビンソンが発掘した、特に何のスキルもないただの3人組ではあったが、彼らの"RAPPER'S DELIGHT"がラジオ放送されたことによりHIPHOP、RAPがメジャーに確実に浸透したのは否めない事実である。(ちなみにRAPPER'S DELIGHTはCOLD CRUSH BROTHERSのGRANDMASTER KAZがリリックを手がけた)

そして創生期に伝説と謳われた2MC&4DJから成る、粋なサウンドと個性派MC同士の力強く軽快なマイクリレー、ステージパフォーマンスが魅力の"COLD CRUSH BROTHERS"、映画「BEAT STREET」にも出演し、ストリートの人気を博した"TREACHEROUS THREE"、さらには80年代においてはマイノリティの音楽であったHIPHOPを地球上の細部にまで浸透させ、現在の広大なシーン体制への道を切り開いた、永遠不滅のパイオニア・グループ"RUN DMC"等、沢山のアーティストがこの文化を築き上げていったという事は忘れてはならない。


彼ら無しではこの文化は成り立たなかったかもしれないのだから。




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知ればもっと楽しいんだよ!

ヒップホップといえば、まず思い浮かぶのは「音楽」であろう。
それも、間違いではない。だが、ヒップホップとは「音楽」だけの事を差すのではなく、黒人文化の中から成り立ったひとつの文化なのである。
HIPHOPというのはアフリカン・アメリカンが創りだしたひとつの文化であり、1970年代にニューヨークサウスブロンクス地区で当時スラム街のストリートで流行した以下の4大要素から成り立つ黒人文化である。

アーティスト"CHUCK・D"曰く、「HIPHOPは特定の音楽ジャンルの名称ではない。HIPHOPミュージックという言い方、用法は間違っている。HIPHOPとは黒人の創造性文化そのものだ。Hip-Hopは音楽に限定されたものではなく、絵画、舞踏、文学などいろいろだ」と言っている。
そう、HIPHOPとは音楽ジャンルではなく文化、黒人文化なのである。


■ヒップホップの四大要素
ヒップホップは以下の4大要素から成り立つ。
【DJ】

Disc Joker
DJing
【MC】

Mic Controler
MCing
【B-BOY】

Break(Bronx) Boy
B-Boying
【GRAFFITI】

(Earosol)Writer
Writing
【DJ】・・・レコードを2枚使い、音楽を創り出す者。
【MC】・・・音楽に合わせて「RAP」をする者。
【B-BOY】・・・ブレイクダンスを踊る者。
【GRAFFITI】・・・ スプレー等を使い、絵描をする者。


■ヒップホップの本来の意味
HIPHOP、今は一つの単語として使われているが、昔は「HIP」と[HOP]が別々の意味を持っていた。

HIPは、直訳すると「おしり」、つまり、「おしりを振って踊る」
HOPは、「ノる、ノリノリ」

つまり、「おしりを振ってノリノリで踊れ!」という意味合いから、「ノリにのって踊りまくれ!」というような意味になっている。



■ヒップホップはひとつの文化
"HIPHOP"という言葉はいつどこで誰が使い始めたのかはわからない。"HIPHOP"という言葉が、アフリカン・アメリカンの新しい文化として、HIPHOP発祥の地、ニューヨークのサウスブロンクスから外に広まり始めたのは1979年の事である。

音楽のビートに乗せて、うまい具合に早口でわかりにくく言葉を連射するRAPや、レコードを操り、バックトラックを司るDJ、言葉で表さずとも絵で自己主張をするGRAFFITI ART 、体で表すB-BOYING(ブレイクダンス)。以上がHIPHOP文化のオリジナルの4大要素である。

既にあった音楽やダンス等に飽き飽きしていたやつらが、自分で新しい音楽や場所を作り出そうとしていった。時には汚い言葉を吐き、世の中への不満を激しく語るRAP、レコード盤をゴシゴシと針で擦りあげたノイズでビートを刻み込んでしまうDJ、地下鉄の車両や建物に巨大な絵を一夜にして描くGRAFFITI ART、身体全体や頭部さえも使って身体を回転させたり激しい動きをするB-BOYING。これらに共通するのは速さと危険さだ。
当時荒れ廃れた、人々が「アメリカ最悪のスラム街」などと呼ぶこのサウスブロンクスでHIPHOPは生まれた。
犯罪、殺人、など治安の悪い環境で生きることにかなりの力を要す彼らにとっては誰よりも早く、誰よりも強くなければいけなかった。しかしそれは彼らの自己主張でもあり、彼ら自身が育った環境を誇りに思い、前向きに強く生きる事を私達に教えてくれたのではないだろうか。

HIPHOPが始まった時は当然、彼らは誰にRAPを教わったわけでもなく、誰にスクラッチを教わったわけでもない。もちろんGRAFFITI ARTもお手本があったわけでもないし、B-BOYINGも誰かに教わったわけでもない。貧困な彼らが自ら作り上げたものである。



■一部の地域から世界へ
HIPHOPが一部の地域から世界へ広まり始めたのは、大よそ1979年位の事である。
ラッパーであるKURTIS BLOWのメジャー契約や"WILD STYLE"、"FLASH DANCE"、といった1982年公開のHIPHOPを基とした映画等から、全米へ、そして世界的に広まる事となった。

今日では日本でも当たり前のように目にするHIPHOPだが、その背景には上記で述べたような事や黒人達の歴史等様々なものが在り、取り入れられ、まだ短い年数ではあるが、その短い年数で急激に広まり今日に至るのである。

また、HIPHOPが短い年数で急激にここまで広まったのは彼らの計り知れないPOWERが、なんともリスナーにとって衝撃的なものであったからではないだろうか。

読んでわかる通りHIPHOPは文化なのさ。

そこで自分達の地元で行われているパーティーを思い出してみて

そこにカルチャーはあるのかな?

オラはMCとして、また一HIPHOPジャンキーとしてこのカルチャーを体現しようと努力してるだ。

みんな1人1人がこのカルチャー(HIPHOP)を体現していけばニューヨークにも負けないヒップホップカルチャーが生まれるはずだ!

米子もそうなりゃメッカだぜ(^з^)-☆

ぼい!

サル




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HIPdeHOP

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Run-D.M.C.

Run-D.M.C.
基本情報
出身地 アメリカ合衆国
ジャンル ヒップホップ
活動期間 1983 – 2002
レーベル Profile、Def Jam
共同作業者 エアロスミス
LL・クール・J
パブリック・エナミー
ビースティ・ボーイズ
リック・ルービン
公式サイト www.RunDMC.com
メンバー
Run
D.M.C.
ジャム・マスター・ジェイ
Run-D.M.C.(ラン・ディーエムシー)はアメリカのヒップホップ・グループ。ヒップホップ・シーンにおいて黎明期より活躍し、その普及に貢献した。2009年に、ロックの殿堂入りを果した1

略歴

ジェイソン・ミゼル(ジャム・マスター・ジェイ)とジョセフ・シモンズ(Run)、ダリル・マクダニエルズ(D.M.C.)は、1980年代初期よりオレンジ・クラッシュとして活動していた。1982年、Run-D.M.C.へ改名した。1983年に、シングル「It's Like That」でデビュー。1984年にリリースしたファースト・アルバム「Run-D.M.C.」は、100万枚以上のセールスを記録しゴールドディスクを獲得した。1985年に主演を務めた映画「クラッシュ・グルーブ」は、全米週末興行収入成績第2位を記録するヒットとなった2

1986年8月、エアロスミスのヒット曲「ウォーク・ディス・ウェイ(Walk This Way)」をモチーフにした同名曲が全米チャート4位(Billboard Hot 100)を記録。(トラックはサンプリングをせず、エアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーがレコーディングに参加している。また、ミュージック・ビデオにもゲスト出演した)アルバム「レイジング・ヘル」の売り上げは、200万枚を記録した。彼らが着用していたアディダスのスニーカー「スーパースター」やカンゴールのハットは、オールドスクールのヒップホップ系ファッションとして定着している。

1998年3月に、Run-D.M.C. Vs. Jason Nevinsの名義で「It's Like That」をリリースし、全英チャート1位(Music Week)を記録した3。2002年、ジャム・マスター・ジェイが射殺され、グループは活動を休止した。
ディスコグラフィー

アルバム

Run-D.M.C. - Run-D.M.C. (1984年)
キング・オブ・ロック - King Of Rock (1985年)
レイジング・ヘル - Raising Hell (1986年)
タファー・ザン・レザー - Tougher Than Leather (1988年)
バック・フロム・ヘル - Back From Hell (1990年)
トゥギャザー・フォーエバー:グレイテスト・ヒッツ 1983年~1991年 - Together Forever: Greatest Hits 1983–1991 (1991年)
ダウン・ウィズ・ザ・キング - Down With The King (1993年)
クラウン・ロイヤル - Crown Royal (2001年)
ハイ・プロフィール:オリジナル・ライム - High Profile: The Original Rhymes (2002年)
グレイテスト・ヒッツ - Greatest Hits (2002年)
ベスト・オブ・ラン DMC - The Best of Run DMC (2003年)
アルティメット・ラン D.M.C. - Ultimate Run-D.M.C. (2003年)
アーティスト・コレクション:ラン DMC - Artist Collection: Run DMC (2004年)




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