言葉化1000本ノック~「話し方」ほどビジネスと人生を左右するスキルはない!~ -10ページ目

言葉化1000本ノック~「話し方」ほどビジネスと人生を左右するスキルはない!~

起業家・経営者が混沌の時代を乗り切るための、「言葉」で価値を“生み出し”“高め”“伝える”秘訣

「ヨシダってどんなヤツ?」
と思われた方へ
長い長い自己紹介「ヨシダミツルのできるまで」

 

3年ぐらい前に

起業相談を受けたクライアントさんから

開業案内のハガキが届きました。

 

慎重というか、心配性というか…

何度かセッションを重ねても

何となく決断できないでいたので

 

ちょっと時間がかかるかもしれない…

もしかしたら起業しないかもしれない…

 

なんて思っていました。

 

僕のように

置かれた状況から考えて

起業せざるを得なかった人も

いるとは思いますが

 

普通の人が会社を辞めて起業するって

めちゃくちゃ大きな決断

ですよね。

 

そりゃあ躊躇もしますよ。

 

だから時間がある程度必要であろう

ということは想像できます。

 

でも…それも限度があるかな…

と思うんですよね。

 

ちょっとイヤな言い方をすれば

 

現状に甘えてしまって

夢だけを見ていて

実際に動き出したら

その夢が消えてしまうのが怖くて

決断できないし動き出せない

 

という状態に陥ってしまうと

そこから抜け出すのって大変ですからね。

 

そうなると周りで何を言おうが

動かなくなっちゃいます。

正確に言うと「動けなく」なっちゃうんですよねぇ…

 

どこかで期限を決めたり

「これができたら」みたいな条件を付けて

 

えいやっ!

 

の心で動き出す。

 

条件が全部整うなんてことは

奇跡でも起きない限りありませんから

 

最後は

 

えいやっ!

 

で動き出すしかないんじゃないかと

思うわけです。

「ヨシダってどんなヤツ?」
と思われた方へ
長い長い自己紹介「ヨシダミツルのできるまで」

 

Facebookのタイムラインに

僕のリスペクトする経営者の一人が

 

あるビジネス講座を受講したという

投稿が流れてきました。

 

その方は

その講座を受講するのが

16回目だとのこと。

 

その方曰く

 

受講するたびに気づくポイントが変わる

 

のだそうな。

 

自分の立ち位置や成長度合い

さらに言えば

その時々に持っている悩みによって

 

同じ内容にもかかわらず

(もちろんバージョンアップはしてるらしいけど)

受講するたびに自分の視点が変わる

というのは

 

その講座が優れた講座だということも

もちろんあるかもしれないけど

 

それ以上に

 

ちゃんと身につくまで学ぼう

 

という姿勢がもたらしてくれるもの

なんじゃないかと思うワケです。

 

僕は昔から

ビジネスに関する講座やセミナーで

“これは!”と思ったものは

複数回受講するようにしています。

 

そうしないと身につかないから

 

だいたいですねぇ…

1回受けたぐらいじゃ身につかないですよ

何事も…。

 

知って

分かって

何度も繰り返して身につく

 

ものじゃないですか、物事って。

 

にもかかわらず

一回受講したぐらいで

 

“見切った!”

 

みたいなことを言うのは

おこがましいと思っています。

 

例えば

カラオケで新しい歌を覚えようとするとき

 

1回聞いただけで

歌える人なんていうのは

ほとんどいませんよね?

 

だいたい何度も聞いて

歌詞とメロディを覚えて

繰り返し歌って

身につけるわけじゃないですか。

 

カラオケですらそうなのに

もっと複雑であろうビジネス講座を

 

1回受講したぐらいで

分かった気になるのは

何だか間違ってる気がするんですよねぇ…

 

身につけたいと思ったら

何度も学び直す

 

この姿勢を持つこと

そしてそれを実践することは

並大抵の努力ではできないし

 

実際にそれをやっている人は

いろんなことを学んで学びを広げるよりも

尊敬できるんじゃないかと思うワケです。

「ヨシダってどんなヤツ?」
と思われた方へ
長い長い自己紹介「ヨシダミツルのできるまで」

 

セミナーやプレゼンのような

1対多数の場での話し方について…

 

オンラインとリアルの違いの一つに

 

空気感が作りにくい

 

というものがあります。

 

このブログを始めから読み進めていくと

アイスブレイクに関する記事が

いくつか出てくると思うのですが

 

オンラインでは

アイスブレイクがやりにくい

という話をよく聞きます。

ただし僕自身は

アイスブレイク不要派でもあります…(^^;

 

オンラインが苦手という人の中には

この空気感の作りにくさ

原因になってる人もいるようです。

 

ただ

実際にオンライン登壇を続けてきて

身をもって感じたのは

 

リアルでやっている空気感を作る手法は

オンラインでも応用できるということ。

 

例えば

質問をして手を挙げてもらったり

答えを考えてもらったり

 

なんていうことは

オンラインでもできます。

 

人は質問されると

答えを求めよう、考えようとします。

 

たとえオンラインとはいえ

“考える”という同じ時間を共有したり

一緒に手を挙げるという動作を

取ったりすると

意外と一体感が生まれてきます。

 

それを何度か繰り返して

ある程度一体感が醸成されたところで

 

ブレイクアウトルームを作りますので

答えをシェアしてみましょう

 

とやると

 

さらに一体感は強まります。

メインルームに戻ってから

ブレイクアウトルームの感想を聞いたりすると

より強く一体感が生まれてくるようになります

 

そして一体感が生まれると

場の空気感が作られて

話が盛り上がってくるんです。

 

手法がいくつか違うだけで

根本のところは

オンラインもリアルも変わりはありません。

 

リアルでやっていたことを

自分がやっていたことだけじゃなく

他の人がやっていたことも含めて

自分なりにアレンジしながら

 

オンラインでの一体感

オンラインでの空気感

 

を作る手法を見つけるようしましょう。

「ヨシダってどんなヤツ?」
と思われた方へ
長い長い自己紹介「ヨシダミツルのできるまで」

 

「サブスク」って何?

 

って年配の同業者(行政書士)に聞かれました。

 

サブスクリプションの略で…

 

とか言い始めると

混乱させるだけだと思ったので

 

毎月決まった金額を払っていると

ずっとサービスを

受け続けることができる…

まぁ、90分の食べ放題が

1か月単位になったようなものです

 

と答えたら

 

なるほど!

 

と納得してもらえました。

 

例え話って

相手が分かるように

例えるものなワケですから

 

相手が分かるようなものを

題材にしないと通じないんですよね。

 

サッカーにあまり詳しくない人に

「オフサイド」

というルールを説明するときに

 

相手方のプレーヤーよりも前にいる

味方のプレーヤーに…

 

とか言うよりも

 

相手の選手よりも前で

待ち伏せしちゃダメってことです

 

といった方が伝わるワケです。

ざっくりし過ぎかな…(^^;

 

例え話を作るときは

半径1メートルの世界の中にあるくらいの

身近なものに例えると

相手に伝わりやすくなるのです。

「ヨシダってどんなヤツ?」
と思われた方へ
長い長い自己紹介「ヨシダミツルのできるまで」

 

日曜日だからというわけじゃありませんが

お休みのお話。

 

10年以上前の話になりますが

 

今日はよく働いたから

明日は休もう

 

とSNSに書き込んだら

 

フォローしてくれていた

業界の大ベテランの先輩から

 

私はこれまで“休みたい”なんて

思ったことがありません

 

っていうコメントが入ったので

 

よ・け・い・な・お・せ・わ・だ

ば・か・や・ろ・-

 

と返信したら

 

フォローを外されたうえ

業界の集まりで顔を合わせても

目も合わせてくれなくなりました(^^;

まぁ、当たり前ですよね…

 

“自由業”なのでね

休むか休まないかは個人の自由で

誰にも強制されるようなことではないし

 

それすらも選択できないようなら

何が自由業だ!って感じなので

別に後悔もしてませんが…

 

どうもこう…

人は「休むこと」に対して罪悪感を

持っているようなんですね。

 

自分が休むことによって

周りの人に迷惑をかける

 

というのであれば

もちろんそこには“罪悪感”が入ることも

あるだろうとは思いますが

 

例えばそれが

急な病気とか不慮の事故

(自分だけでなく家族も含めて)

だったとしたら

 

(特に勤め人の場合は)

そういう不測の事態に備えておかなかった

会社や組織が悪いのであって

休んだ人が悪いわけじゃないワケですよ。

 

ましてや

以前から計画して

仕事の整理もつけた状態で休むのであれば

何の罪悪感も持つ必要はないワケです。

 

僕らのように

一人で仕事をしているフリーランスだって

スケジュールを確認、調整して

なんらかの“期限”の日だったり

急ぎの仕事でなかったりするのであれば

 

別に休んだって

誰に文句を言われる筋合いもないわけです。

 

私は休みませんという人は

その人の自由なんで何も言いません。

 

ただ

休むか休まないかは自由なので

休む人を批判する必要はないし

 

休む人は休む人で

罪悪感を抱く必要はないんじゃないかと

思うワケです。

 

疲れたら休みましょう。

辛かったら休みましょう。

そうじゃなくとも

休みたかったら休みましょう。

 

というお話でした。