多少なりとも
“言葉”や”コミュニケーション”を
扱う仕事をしている身で
こういうことを言うのも何なんですけどね
論破って楽しいの?
何の意味があるの?
って思っちゃうんですよね。
ディベートみたいに
優劣を競うような場合は
意味があると思いますよ。
あと
A案とB案のどちらで進めるかの
最終決断を図るような会議とかね
そういう場合はむしろ
論破することが目的
ですから。
だけど普段の会話とかね
(仕事に限らずだけど)
議論において相手を論破する意味って
あんまりないような気がするんです。
“議論”が“討論”にすり替わってるんですよね
議論というのはお互いの意見をすり合わせて
妥協できるところは妥協して
より良い結論を得る
建設的なものだと考えていますから
相手の考えは間違っているので
その間違いを正して
正しい方向に導いてやるために
徹底的に論破することが必要
みたいなことを
言われたことがあるんですけど
もともと
“正しさ”なんていうのは相対的なもので
“正しさ”の反対側にあるのは
“間違い”ではなく
別の基準の“正しさ”
なわけですから
大上段に振りかぶって
「それは間違ってる!」と言うこと自体が
なんか滑稽さを感じてしまうワケです。
数学や物理、化学なんかの
公理、公式、法則みたいなのは
“明らかな間違い”は存在すると思いますけどね
ちょっとシニカルな
見方かもしれませんけど
僕自身は
論破する人は頭のいい人ではなく
人に意見を聞き入れることできない
器の小さいヤツ
でしかないと思っていますし
そういう人と“議論”する気はない
ということです。