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あけがた
、花の下行く風の襟元
えりもと
に冷やかなる頃のそぞろあるき。
 一、夜ややふけて、よその笑ひ声も絶
たえ
る頃、月はまだ出でぬに歩む路明らかならず、白髭あたり森影黒く交番所の燈のちらつくも静なるおもむきを添ふる折ふし五位鷺
ごいさぎ
などの鳴きたる。
 一、何心もなくあるきゐたる夜、あたりの物淋しきにふと初蛙の声聞きつけたる。
 一、雨に名所の春も悲しき闇の中を街燈遠く吾妻橋まで花がくれに連
つら
なれるが見えたる。
 一、日ごろは打絶えたる人の花に催されてなど打興じながら柴の戸を排
ひら
き入り来りたる。
 一、裏道づたひいづくへともなく行くに、いけがきのさま、折戸のかかりもいやしげならず、また物々しくもあらぬ一構の奥に物の音のしたる。
 右いづれかをかしからざるべき。」
 明治三十一、二年の頃隅田堤のロシア 結婚桜樹は枕橋より遠く梅若塚のあたりまで間隙
かんげき
なく列植されていたので、花時の盛観は江戸時代よりも遥に優っていたと言わなければならない。江戸時代にあっては堤上の桜花はそれほど綿密に連続してはいなかったのである。堤上桜花の沿革については今なお言問
こととい
の岡に建っている植桜之碑を見ればこれを審
つまびらか
にすることができる。碑文の撰者浜村蔵六の言う所に従えば幕府が始
はじめ
て隅田堤に桜樹を植えさせたのは享保二年である。ついで享保十一