今日はしびれたワードがあった。
友人の大事な人の考え方なんだけど、
「自分の一番大事なものは、誰にもわかってもらえない。」
というニュアンスのことだった。
友人の話に真剣に耳を傾け思考を巡らしていたが、ただこの言葉一点に集中しかけてしまうほど、自分にはとても痺れる言葉だった。
本人の意図とはずれると思うが、「大事なものはわかってもらえない」という言葉が、私にはその、寂しさに真摯に向き合ってる強さみたいなものを感じさせて、痺れた。
これまで思ってきたけど、寂しさと向き合える人間の強さと魅力ってやっぱり計り知れない。人に関心がないが故の強さとは全然意味が違う。もう22年も生きてきているのに、これまで私はあらゆる寂しさと、荒い方法でしか向き合ってこなかった。でも、自分の中からは出てこない新しい考え方に触れにいくことで、本当に苦手だけど、寂しさとも仲良くできるんかな?と思ったりもした。人間が変わりそう。
そんな風に思うけど、変えられない物は変えられない。じゃあ変えられる自分を変えてどこかに寄せて行くのか、その自分を愛して行くのか。答えなんてもともと決まってた。