おーい!生きてるよ!
現在カンボジアのシェムリアップ滞在中です
ブログ更新さぼっててごめんなさい(。・ω・)
思い出の国ベトナム(笑)からカンボジアの首都プノンペンにやってきました!
新しい国に行くときはいつも緊張する。カンボジアは治安悪いイメージがあったから、ちょっとびびっておりました。
まずは、いろんな人に絶対いったほうがいいといわれていたトゥールスレン刑務所。
カンボジアではわずか30年前にポルポトによるクメールルージュという政権の下に、人口の三分の一のひとびとが殺されました。
ポルポトは原始共産主義、つまり個人や家族を単位とせず共同体を単位とし、すべての生産手段を共有する共同生活を行う社会体制を目指しました。
ポルポトは、都市住民たちを全員強制的に農村部に移住させました。
そして、原始共産主義以外の一切の思考や学問、宗教を否定しそれらの知識人に対し大量虐殺が行われました。
教師、医者、警察官、弁護士、技術者などの知識層。
宗教関係者、少数民族、芸術関係者。
歌を口ずさんだだけで、殺さたそう。
そんな拷問が行われていたのがここトゥールスレン刑務所。
元は高校だったらしい。
校舎の中で入った瞬間、すごく重い空気。
笑うの禁止。誰も笑わないし喋らないけど・・・
拷問に使われてたベッド。
床には血痕がまだ残ってました。
この時点でもう体調悪くなって、息もしにくくてやすみながら見てた。
霊感ない私がこうなるくらい、当時の空気がそのまま残ってるの。
上から逆さづりで、水攻めにする道具。
もっと生々しいものがたくさんあったんだけど、シャッターが切れず、写真はこれだけ。。。
恐ろしいのは、洗脳しやすいからという理由で13歳以下の子どもを看守、刑務所内の医者などに起用していたこと。
殺すのももちろん子ども。
つい30年前に、同じアジアの国でこんなことが行われていました。
とても気さくで優しいカンボジア人だけど、彼らの多くは血筋に殺された人間と殺した人間がいるってこと。
カンボジアの人口分布は50%が25歳以下という不思議な形をしていて、それは30年前この大虐殺で多くの人がなくなったからです。
また多くの知識人を失ったがゆえにカンボジアは今でも慢性的な教師不足や医師不足が続いています。
積み重ねてきたものが一気になくなったんだよ、つい30年前に。
周りの30overのひととかみんなの親とか、リアルタイムで生きてたんだよ。
信じられません。
このポルポト政権の下に起こった悲劇は、いまだカンボジアに残っています。
なんとなく「カンボジア」といえばボランティア、恵まれない子ども、そんなイメージだけが日本では先行して広まっているけど、
どんな背景の下にそれが生まれたのか知ることはすごく大切なことだと思うんです。
カンボジアでは、自国の歴史を受け止めて再建を頑張っているカンボジア人にたくさん会いました。
なんか、がんばってる友達がいたら応援したくなるのは当たり前で。
カンボジアに支援を続ける日本を、私は誇りに思う。
でも、わたしはもっと自分の国のことを心配したほうがいいんじゃないかなんて、彼らから教えてもらうのでした。
海外に目を向けることはすごく意味のあることだと思うけど、その前に自分の国について考えることのほう
が大切だなぁと。だって、私は日本人だから。
もちろん、こちらで活動されている日本人の方を否定するつもりはなくて。
それぞれ信念があってやることだと思うので。
何がいいたいのかわかんなくなってきたけど、私も日本のために出来ることあるんじゃないかなって思った!
いじょー!長くなりました。。。














