翌日

父の入院する病院へ行った。


父の子どもの頃のことを
付き添う母に聞いてみたが、

さあ知らない、と言われた。

(父と母は、幼なじみと聞いて
いたのだ)

無理もない
母はあの少年が12歳くらい
だとすると、

まだ3歳の
幼児である。


 何かその頃の話も
聞いたことがないのかと
聞くと、そう言えばと
思い出したことがあったようだ。

父は少年時代
友達の家が台風で流されて
それをずっと追いかけてると
大川の橋桁にその家がぶつかって、あっという間に崩れて
屋根の上で、父に手を振って
いた友人とその家族が
川の濁流に消えてしまった
ことを時折お盆になると
話していたそうだ。

いつも一緒に遊んでいた
親友だったらしい。

その話しを始めると
目には涙を浮かべて
いたと母は、眠り続ける父の
顔をじっと見つめて
話してくれた。


 そうだったのか・・。


 私の目にも熱いものが
こみ上げてきた。


大川に流された友人を見ていたのか。


優しい父らしい。


父の脳梗塞と、

この幽霊騒動で、

私はろくに眠れていなかった。


自宅マンションへ帰ると
はあ、っとため息をついて
そのままベッドに倒れ込んで
寝てしまっていた。

突然
おい、おい、と誰かに
揺り起こされた。

目を開けると、父が立っていた。
早く連れて行ってくれと
言う。

何処へ?
それに
いつ退院したんだ?

起き上がると、父は少年に
なっていた。

訳が分からない、夢か。

「おじちゃん、イサムを助けて
お願い!亅

少年は、泣きながら
私の腕を引っ張る。

一瞬、たじろいたが、これが
夢なら助けてあげられるかもしれない!

そう思った私は、少年を車に
乗せて、歩道橋へと向かった。

車を道の端に止めて、降りる。

少年の父と歩道橋を登っていると

雷鳴とともに
急に激しい雨になった
風も激しく吹き始めた。

辺りは、大雨で暗いが
どうやら昼間のようだ。

それに目の前は、
歩道橋ではなく
増水して、ゴオォ~と濁流凄まじい大川だった。


大川は現在は横幅は10m程しか

ない。

埋め立てられる前は50m程は

あったようだ。


少年が走りだした。
「イサム、イサム、お~い!」

走りながら手を振っている。
濁流の中を二階建ての屋根に
少年とその家族が肩を寄せ合って座っている。

イサムは、立ち上がって
手を振り返した。

「お~い!ゆきお~」

濁流の波に揺られて、

家は流されていた。


あ、

その先には橋があった。


あの橋まで先に行って、家が
崩れる前に助けられないだろうか。

私がそう思って走り出すと
少年も一緒に走り出した。

そして、その姿は少年から
成人した父に変わっていた。

若々しい、私が子どもの頃に
見た父だった。

強くて、頼もしい男に見えた。

今は、そんな面影もないくらい、弱々しく、昏睡状態だ。
2週間前、散歩途中に倒れたのだ。

「マサト、一緒に助けてくれるか」

「ああ」

橋にたどり着くと、2人で
酷い嵐の中、橋の欄干から、濁流に流されてくるイサムの家を見つめていた。

いよいよ来る。

「イサム」
父がつぶやく。

「イサム~、掴まれ~」

身体を身を投げるように
逆さになる父。

濁流の飛沫が父にふりかかる。

私は父の両足を持って、支えた。

嵐で、身体はずぶ濡れで
両手がかじかんで痛い。

父は、身体を逆さまに
手を伸ばす。

「イサム~掴まれ~」

イサムくんをイサムくんの父親
が持ち上げて、父は彼の手を
掴んだが、

グガガガ、っと家は橋にぶつかり、崩れた。

「ゆきちゃん、もういいよ」

父の身体が大きく揺れたが
イサムくんは、父の手を離して
濁流に飲まれていった。

「まさと、手を離してくれ」

「何言ってるんだ、父さん、
もう諦めろ、無理だ!」

私は、吹きすさぶ嵐の中で
叫んだ。

父は、足をバタつかせて
私の手を蹴った。

「痛ッ」

思わず手が離れた、と
父は、そのまま濁流の中へ
飛びこんでいった。

父さん・・・。

♫〜

耳元で、

携帯が鳴った。

今、父が亡くなったと
母からの電話だった。


おしまい。


毎年、台風や線状降水帯で

堤防が決壊して甚大な被害が

出る度、堤防って決壊しないように何か出来ないのかな、って

悲しくなりますね。


何年か前の鬼怒川でしたか

家が流されていく様子は

恐ろしかったです。


災害列島だから

毎年のことだから

本当に必要なことに

税金を使って欲しいものですね。


今日は

眼科に行って来ます。

ではでは。