MAZDA 787B(1) | カボチャ大王のブログ

24 heures du Mans 1991 /
MAZDA 787B (1)





イタチ「今回と次回は、音楽ではなくて、
ある1台のレースカーとその走行音です。その一回目」
モモンガ「……………………………」
アナグマ「もう好きにしたら」


イ「ル・マン24時間レースは知ってますか」
ア「知ってるけど…」
イ「今年も先日決勝レースが行われて、アウディがまたもや
 優勝しました。これで五年連続優勝か」


モ「ル・マン24時間レースは、毎年6月にフランスのサルテ・サーキットで
 行われる耐久レースで、24時間走りきったその走行距離で
 順位が決まるという過酷なレースだよね」
ア「どんなクラスのマシンでも、マシントラブルを克服して
 完走することすら難しいとされるレースだ」
イ「耐久レースと言っても、一周13.6kmのコースを
 ほぼ常時スプリントに近いスピードで周回するわけで、
 ストレートが長いことも手伝って最高速はF1よりも速い」
ア「ユノディエールのストレートにシケインが設けられる前は、
 上位マシンの最高速は時速400kmを超えてた。新幹線のぞみの最高速が
 時速300kmだから、とんでもない世界だ」


イ「そのル・マンで日本車が総合優勝したことは一度しかありません」
ア「たしか日本のマツダの…」
イ「1991年にMAZDAの787Bが念願のル・マン総合優勝を飾りました。
 今回と次回は、ロータリーとル・マン、そして787Bの走行音についてです」
モ「でもレースカーの走行音なんてどれも同じだろう」
イ「それが違うんだな。その話に入る前に、マツダの
 ロータリーエンジンへの取り組みについてお話ししましょう」
ア「そうだな。マツダと言えばロータリーエンジンだ」


イ「マツダ(当時は東洋工業)は広島の戦前から続く自動車会社だったが、
 戦後もずっと三輪トラックがメインの弱小メーカーだった。
 しかし1962年、ドイツのNSU社とバンケル社からロータリーエンジン(以下RE)の
 技術提携の権利を巨費を投じて買い取ったんだな。
 そしてREの実用化に向けて、研究開発がスタートした」
ア「そして1967年に初めてREを搭載したコスモスポーツを発売した」

イ「ここでとりあえず、REとはどういうエンジンなのか、
 比較的わかりやすい動画があるので紹介しましょう」

http://youtu.be/6BCgl2uumlI

ア「いよいよとんでもないことになってきた……
『HAYABUSA』の時もかなりヤバイ感じだったけど、それを超してるな……」
モ「あの……言いたくないんだけど、こんなブログだれが読むんだろう?」
イ「さあ…(笑)。ともかくシリンダーの中をピストンが往復する
レシプロエンジンとは全く異なる原理で動くエンジンなんだ」
モ「世界中の車はレシプロエンジンなわけだ」

ア「REは運動効率のいいエンジンで、構成パーツや稼動部分の少なさでは、
 レシプロエンジンをはるかに凌いでいる。しかし燃費の悪さは大きな
 デメリットだった」
モ「REは何度も生産中止の危機に見舞われる」


イ「しかしそんな中、REでル・マンに挑戦しようと考えたのが、
 マツダの契約ドライバーだった寺田陽次郎だった。
 彼はサバンナRX-7をチューンしてプライベートチームで参戦したが、
 惨憺たる成績で惨敗。しかしその熱意はマツダ本社を動かして、
 やがてメーカー・ワークスとして大規模な取り組みになっていく」
ア「そのあたりのストーリーが知りたい奇特な方にはこちら」

プロジェクトX 「ルマンを制覇せよ」
http://youtu.be/WO2tq-z3Z1o


ア「そしてついに1991年、運命のル・マンを迎える」
モ「レース前の予想では、メルセデスとジャガーの一騎打ちと言われてた」
イ「ところが、ジャガーは7リッターの大排気量が災いして燃料制限に苦しむ。
 そしてメルセデスもトラブルで次々にリタイア……」
ア「気がつくと、一台残っていたトップを走るメルセデスと787Bの戦いになっていた。
 そして午後一時、ついにピットに張り付いたメルセデスを787Bの周回数が上回った」


イ「レース序盤から、独特の走行音(排気音)のMAZDA 787Bは注目の的だった。
 その787Bが首位争いに絡む頃から、観客の目は787Bに釘付けになる」
ア「独特の排気音……」
イ「それはまた次回」



当時の特番の映像 1991年 ル・マン 終盤~ゴール
http://youtu.be/PEqHteo56Tk





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Le Mans NOSTALGIA 6 レジェンドオブマツダ 1991ルマン/ロータリーパワー.../出演者不明

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