こんにちは。あやめ池に呼吸法と肩甲骨周りをほぐす整体院を構想中の、のぎーです。
以前に、「自分にとって一番身近な他人とは誰か?」というテーマで書きました。
答えは「自分自身のカラダ」でしたね。

今日はその続きです。
身近な存在というものは、私たちがその存在を意識していないことが多いかもしれません。

居て当たり前、という感覚です。

例えば空気とか、どうでしょうか?
大気中に含まれる酸素がなければ、私たちは生きていけません。
でも、意識することは、ほとんどありません。
それだけ重要で、不可欠な存在であるにもかかわらず。

そのことは、「私たちは、自分にとって身近な存在を意識しない」ように生きている、ということです。
もっと言えば、
「私たちは、自分にとって身近な存在と同化してしまって、その存在を意識できなくなっている。」
ということです。

分かりやすくするために、次のようなたとえを出しましょう。

私たちがお茶を飲んだとしましょう。
何時間かあとには、尿として出てきますね。
尿としてカラダの外に出たとたんに、それまでは自分の一部だった水分は、自分ではない他人としての「尿」となります。
体内にあったときは認識できなかったものが、体外に出たとたんに認識できるようになった、ということです。
認識するには、自分とそれ以外のモノとの距離感が必要なのです。

それが、この地球で生きるということなのでしょう。

ここまで話したところで、本題に戻ります。

一番身近な他人である自分のカラダをどうやって意識していくか?

でしたね。

私たちにとってあまりにも身近すぎて、意識できなくなっている自分のカラダをどうやって意識していくか?

その作業をする上で有効なのが、呼吸を意識することなのです。