こんにちは。
あやめ池で肩甲骨まわりをほぐす整体院をオープンした、のぎーです。

今回は、「探究することをあえてしない」というテーマでお伝えします。

呼吸法に限らず、すべての技術、知識、その他もろもろの現象は、ほんとうに奥深いものです。
私も自然の中で森林浴をすると、そのエネルギーの深遠さを感じることも、よくあります。

その奥深さをもっともっと味わいたい、と思うのが私たちではないでしょうか?

呼吸法について言えば、
呼吸法をやって、もっともっと深く味わいたい!と思う人もおられるかと推測いたします。

そういった探究の過程で、人によっては
「自分のやっている呼吸法は、身体に対してどんな作用や機序をもたらし、どんな物質が身体に影響するんだろう?」

って考える方もおられるのではないかと思います。
本屋に行くと、「瞑想の科学」とか、「呼吸法の脳への影響」などという本が置いてあります。

私は、なぜかその手の内容の本を手に取ることをしたいと思えませんでした。
でも、呼吸法をする上で、こういった知識はとても役に立ちそうに感じたのも事実です。

ある意味矛盾した状況のなかで、最近ひとつの理解が訪れました。

それは、次のようなたとえでした。
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浄水器のカートリッジを交換している時に。
「この浄水器は、どんなやり方で水を浄化しているのだろうか?」
という問いが出て来たとします。

あなたは浄水器を分解して、カートリッジの中身を取り出し、水が浄化されていく仕組みを理解しようとします。

その分解している途中では、水は当然ですが浄化されません。
なぜなら、浄水器が分解されていたからです。
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このたとえであきらかになるのは、
物事の成り立ちを理解しようとする行動は、その物が本来機能すべき役割を止めてしまうことにつながるということです。

最近は、さまざまな検査機器の発達で、今まで分からなかったことが見えたり、確認できたり出来るようになってきました。

これは、私たちが、より深く「理解すること」につながっています。
しかしながら、理解すること、理解する過程において、果たすべき役割を止めてしまうことになっていないかどうか?

そのことをていねいに見ていきたいものです。

呼吸法に関しては、
呼吸法が身体に及ぼす影響についての最新の知見を知ることよりも、
地道に呼吸法そのものを楽しむことをすすめたいように思います。