こんにちは。
あやめ池で呼吸法と肩甲骨周りをほぐす整体院を構想中の、のぎーです。
今回は、「待つこと」についてお話しいたします。
どんなことであっても、この世界に成果として現れるためには、「待つこと」が必要です。
お米も、田植えをしてから、てまひまをかけて成長させ、ようやく秋になって収穫することが出来るのです。
では、なぜお米が収穫されるまで待つことが出来るのでしょうか?
それは、草とまちがえてもおかしくはない稲のころから、時間の経過とともに実をつけてくれることを知っているからです。
では、仮に。
私たちが稲、というものを知らなかったとしたら?
私たちは、稲が充分に育ち、実るまで待てるでしょうか?
ここの問いかけが、今回のポイントです。
もうひとつ例をあげます。
あなたは、駅で電車が来るのを待っています。
もう、到着予定時刻になっています。
そこへ、アナウンスが入りました。
「事故により、電車の到着が遅れます。」
どれぐらい遅れるか、という情報はありませんでした。
電車の遅れは、3分かもしれませんが、1時間以上遅れるかもしれません……。
こんな時、人は。
待てないのです。
いつくるかわからない電車を待つことはせず、違う交通手段などを探してそちらへと移動していくことでしょう。
この例のように、いつまで待つのか?を知ることが出来なければ、待つことが難しくなるのです。結果的に3分後に電車が来たとしても。
仮に3分後に来ることが分かっていたなら、待つことが出来たわけです。
呼吸法にも同じことが言えるのです。
私たちは、成果を求めます。
やったこと、取り組んだことがどのくらいで身に付くのか、成果として現れるのか?を知りたくなります。
しかし、呼吸法の成果は、
事故によっていつくるのかわからない、電車のようなものだと思って下さい。
呼吸法をコツコツと実践していくと、必ず実感できる❗
という、見えない可能性を信じきる姿勢が、呼吸法の修養には必要とされるのだ、ということを知っておいて下さい。
今回はここまでです。