それから、お通夜、告別式とあっという間にお別れ。

覚えているのは、火を途絶えさせないために、

順番でおばあちゃんの側にいたこ。

何度も心の中で問いかけたこと。

火葬の時は私は妊娠もしていたので、

火葬場の外で待っていた。

今にも泣き叫びそうな気持でいっぱいだった。


後のことはほとんど覚えていない。

何人もお別れをしにきてくれたけど、

あいさつもしたけど、

覚えていない。


葬儀も終わり、家に帰ったけど、

なんとも言えない気持ちだった。

変ないいかただけど、妊娠のことも

忘れているような感じだった。


無事に卒業式も終わり、

こんな時期だけど、結婚の準備に取り掛かった。

顔合わせもした。結納というものなのか・・。

私はお父さんがいないので、

おばさん夫婦が顔合わせに参加した。


普通にご飯を食べただけだけど、

お母さんは

『入籍はいつごろがいいでしょうか。

結婚式をあげさせてあげたいので。』

と私の幸せのために色々相談していた。

Kさんの両親は私から見たら、

理想のご夫婦だった。

『○○(私)さんがやりたいようにしてあげてください。』

と言ってくれた。


そんな話をしていたけど、

おばさんが場に相応しくない会話をしだした。

『高校生にこんなことさせて恥ずかしくないのか。

無事に卒業できたものの、出来なかったらどう責任を取ってくれてたのか。

おばあちゃんが亡くなったばっかりなのに・・・。』

と。


何とかおじさんが今日はそういう場ではない。

と言って丸くおさめてくれたものの。

納得できてない。と顔に書いてあった。


結婚式はとにかく、空いている式場を探すことに。

その前に、籍を入れて、一緒に住むことに。

日もないから、友達は呼べないので、

かわりにお披露目会を開いてくれるということ。

次から次へ準備に取り掛からなくてはいけない大変さを実感した。


明日婚姻届を取りに行って、

お家に置いておくことを決め、

顔合わせが終わった。


その帰り道、お酒を飲んでいたせいも、

おばあちゃんをなくしたこともあるかもしれないけど、

おばさんに

『おばあちゃんが亡くなったのは、

あんたに子供が出来たからよ。

誰かが生まれる時は、

誰かが死んでいく。』

と言われた。

私は今でもその言葉を忘れない。


電話の音ですぐ目が覚めました。

そして、胸騒ぎがしました。

でも、絶対違う。間違い電話だよ。

そう思っていました。

電話にお母さんがでました。

お母さんはものすごく落ち着いているように見えました。

『これから病院に行くよ。

あんたは制服持って行きなさい。

あんたは(姉)はおじいちゃんのところに行って。

支度終わったらすぐ向かうから。』


急いで支度を終わらせました。

でも、病院に行くのがとてつもなく怖かった。

気持ちと頭が付いていかない感じで

嫌なドキドキ感が止まらなかった。

外に出ると、カラスの声が耳から離れなかった。


病院はまだ開いていなく、ものすごい暗かった。

人気のない病院がものすごく怖く感じた。

私は震えながら病室に向かいました。

病室には、担当医と看護師さんがベットの周りを囲んでいた。

私たちが着くと、

『6時30分。ご臨終です。』

と静かな病室に響いた。


何を言っていいのかもわからず、

ただ、涙しか流れなかった。

お母さんも病院で働いていたので、

先生に頭を下げ、

『最後に娘とキレイにしてあげたいので、お時間いただけますか。』

と涙を見せずに言っていた。

お母さんとお姉ちゃんは病室に残り、

私はおじいちゃんを連れ、廊下に向かった。


何があっても動じないおじいちゃんが、

廊下で震えながら涙を流し

『なんで・・なんで・・・』

とずっと言っていた。

その姿を見ると余計に涙が溢れてきた。

おじいちゃんにかける言葉も見つからなった。


お母さんとおばあちゃんはこの病院で働いていたので、

いっぱいの人があいさつにきました。

おじいちゃんのことも知っていたので、

おじいちゃんにもあいさつをしていました。

みんながみんな

『最後までおじいちゃんのことは忘れていなく、

心配していたのよ。』

と言われおじいちゃんの目からは

涙が流れ続けていた。


お化粧が終わり病室に入りました。

初めておばあちゃんがお化粧した姿を見ました。

もっと一緒に色んな所に行きたかったのに、

もっと色々はなしたかったのに、

赤ちゃんのこと言えば良かった。

と後悔だけが残りました。


昨日は花束見て笑ったように見えたのに、

もしかして、間違えた・・。

最後までおっちょこっちょいなんだ。

でも、私が花束なんか見せなければ、

もっと心配して1日でも長く生きれたのかも。

そう自分を責めたりもしました。


私もずっとおばあちゃんの側にいたかったけど、

今日は卒業式。

みんなが

『ちゃんと卒業証書見せてあげてね』

と言われたので、私は学校に向かいました。


1人バスに乗っても頭の中はおばあちゃんのことでいっぱいでした。

涙が止まりませんでした。

学校につき、

担任におばあちゃんのことを話し、

友達にも話しました。

全てを知っているN子にも話に行きました。

N子の顔を見ると涙が溢れてきました。

状況を知らない友達は

『○○(私)もう泣いてるのかよ』

と言われたけど、卒業式の日に

おばあちゃんが亡くなったとは言えず

『そうだよ』

と言いました。


無事に卒業式も終わり、

友達と話したかったけど、

おばあちゃんの側にいたく

すぐに病院に向かいました。

卒業証書を持って。



来月の6日はちょうど13回忌です。

時の流れがものすごく早く感じました。

振り返ると本当にあっという間です。

でも、ブログを書いている時も

思いだし、手が震え、涙が出てきました。

この日のことは鮮明に覚えています。



お腹も大きくなり、スカートも履けなくなってしまったので、

N子とスカートを交換しました。

ちょうど冬服だったため、あまり目立つこともなく

あと1週間で卒業です。


おばあちゃんの容態は悪くなるばかりで、

私のこともわからなくなっていました。

お見舞いに行っても、ずっと寝ていたし、

ものずごく痩せてしまって、

側にいるだけで泣きそうになりました。


私はそんな姿を見ていると、どうしても

赤ちゃんのことが言えずにいました。

言っても理解できないくらいだと分かっていても

どうしても言えなかった。

心の中では何回も言ったけど、

口に出して言うことはできなかった。


そんなおばあちゃんでも、

『帰るよ。』

と言うと、おじいちゃんのことを気にしていました。

おじいちゃんのことは覚えているんだ。

良かったね。おじいちゃん。

『ちゃんとご飯食べさせるから大丈夫だよ。またね。』

と病室を出ました。


明日は卒業式。

後輩から花束をもらいました。

その花はおばあちゃんの好きな花で、

帰りに持って行こう。と考えていました。


無事に卒業が出来ることをうれしく思いました。

でも、今思うと・・・

担任は分かっていたかもしれない。

進路の話をされなくなったから。

他の人には耳が痛くなるほど言っていたのに、

私には一切言わなくなった。

もし知っていたら、先生ありがとう。


帰りに病院により、おばあちゃんに花束を見せました。

『明日卒業だよ。帰りにまた寄るからね。

ちゃんと卒業出来るから、早く良くなってね。

花束もらったから飾っておくね。』

ニコって微笑むのがわかりました。

でもやっぱり赤ちゃんのことは言えなくて

心の中で伝えました。

『卒業したら結婚して、赤ちゃん産むよ。

そしたらひーおばあちゃんになるんだよ。

いっぱい面倒見てあげてね。

私たちを見てくれたように。』

と。


卒業式当日。

朝6時に電話がなりました。