法善寺さんの敷地内にある店舗で構成されている法善寺会という集まりがあります。

先日、その法善寺会の会長さんに法善寺横丁の歴史などをお聞きする機会がありました。

その時聞いた話しのひとつを紹介します。


法善寺横丁の火災のニュースを覚えている方もいると思います。

火災は2年続けてありました。

ちょうど20年前の今日、2002年9月9日に最初の火災。

法善寺横丁の北隣にあった解体作業中の中座ビルのガス爆発からの延焼でした。

この火災で横丁の北側が焼失しました。



そして翌2003年4月2日、今度は横丁内の店舗からの失火でした。

この火災で横丁の南側も焼失しました。



この二度の火災で法善寺横丁(路地)の両側が焼失してしまいました。


今ではなにわ情緒ただよう法善寺横丁になっていますが、火災からの復興には様々な苦難があったようです。


その一つが道幅問題。


タイトルの2.7メートルは法善寺横丁の道幅です。



肩が触れ合うほどの路地が法善寺横丁には似つかわしく、この道幅こそが法善寺横丁なのです。


しかし、火災のあと新しく店舗を建てるには消防法の関係で道幅を広く取る必要がありました。

2.7メートルの道幅を保ったままの再建が難しくなりました。

しかし、様々な働きかけなどによって当時の大阪市長が消防法を柔軟に解釈して、2.7メートルの道幅で建築許可が下りたそうです。



平たく言うと、法善寺さんの敷地内を一つの建物と考え、法善寺横丁は建物の中にある通路と解釈したわけです。

法善寺横丁はひとつの建物≒ひとつの家ということです。

「大阪市公認の家族」と拡大解釈できるかも…


火災から復興した当時の法善寺横丁のイラスト。


ちなみに「横丁ビル」2Fの「スタンドバー知代」さんのあとにp.pouchはあります。
p.pouchのように新しく入れ替わったお店も少なくありませんが、今も様々なおもてなしを提供してます。

友だちのお家に行くように気軽に遊びにきてください。