とにかく情けない限りだ。


とにかく当たり前のことを当たり前にこなし、当たり前と思うことを当たり前に整える。

せめて自分が当たり前と思うこと位は状況を整えたい。


身辺のあらゆることをしっかりとこなせるようになることだ。


書いていて情けない限りだが、コントロール不全に陥るような破壊的な出来事は常に我々の周りに渦巻いている。


所属する組織や社会における理不尽や暴力的なこと、私利私欲による横暴、災難…、それら全ては常に我々をダメにしてコントロール不全に陥り、当たり前のことができないダメ人間へと仕立て上げる。

多くの方々はその原因の一端が政治にあるとも気づかず、そして社会環境は悪くなる一方なのに、対峙し時に敗北的な状況に甘んじ、脱出不能に陥っているのではないだろうか。


この辺に私が、非人間的な挙動を常とする人間を敵対視する理由がある。

その生まれもっての基軸やら能書きやらを置いておくとしても、

再度、私にささやかな闘いの中に居るという状況をを分からせてくれた、この状況に感謝したい。


彼らは、共感してくれたのだから、私はもう少しマシに対峙しなきゃならないはずだ。

それは何も大それたことではなく、物事をセオリー通りというかミスジャッジせずにこなすということだが、力加減などの難しさはある。


彼に映った自らの姿は、あるべき姿を示した感はある。

彼はそんなつもりはないだろうが、他人ではない何かを見ているはずだ。

一つの出会いとか他人の力とかそういうことに支えられるような弱さが自らの中にあったのか、いや、一人で生きられると自ら強がっていたから弱さが露呈し自滅したのか…。

ただ、今回ばかりは、自分の弱さを認めている。ある程度しっかりとした手本があって初めて歩みを進めることができたのか。まだこの程度なのだろうか。