昨日あることがきっかけで「モラル」って何?ということを考えさせられました。その時に思い出したのが「黄金律」です。

黄金率は、ある行為がモラルに反しているかどうかの判定方法の一つで「その行為を他人がするとき受け入れられるか」「自分だけのための例外を作ってはいないか」を問うことが行われます。難しく言うと、普遍化可能性の規準に照らし合わせて、その行為がどうなのかということを判定するわけです。この考え方を定式化したものが黄金律です。黄金律は、ほとんどの宗教的道徳的教えの中に現れているんですよ。

「エジプト」
他人のために良かれと自らが望んだことを捜し求め、それをしてあげなさい
「ペルシャ」
あなたが人からしてもらいたいことを、人にしてあげなさい
「仏教」
他人の幸せを、自ら望んで捜し求めなさい
「儒教」
己所不欲、勿施於人(自分の嫌だと思うことは人にもするな)
「ヒンズー教」
人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない
「イスラム教」
あなたがしてもらいたくないような方法で、あなたの兄弟たちを扱ってはならない
「ギリシャ」
隣人から敵意を抱かせるようなことをしてはならない
「ローマ」
すべての人が心に刻み込んでおかなければならない法律とは、あなた自身の社会の人たちを愛することである
「ユダヤ教」
自ら憎むことを他人にしてはいけない
「キリスト教」
あなたたちが人にしてもらいたいと思うことを、人にもしてやりなさい

ここで注意しないといけない事があります。「自分の望むことを人にせよ」と「自分の望まないことを人にするな」とではベクトルの向きが逆だということです。日本人はどちらかというと後者のように考え、アメリカ人はどちらかというと前者のように考えますね。ただ、いずれも自律的なものであって、決して他律的ではないという意味では同じなのです。

具体的に言うと、「自分の望まないことを人にするな」であって「人が望んでいないことをその人にするな」ではないということですね。
わかりやすいものが二つありましたから、URLを載せておきますね。

http://www.nuclear.jp/~madarame/lec1/antigold.html
http://www.nuclear.jp/~madarame/lec1/kiss.html

当たり前のようですが、なかなかできないことなんですけどね(笑)。
特に、殺人や暴行などが多くなった日本ですが、日本人が取り戻さなければいけない考え方の基本的な部分だと思いませんか?