『追憶』

 

この映画はみるたびに感想が変わる。俳優さんたちの演技から読み取るのが自分の年齢で変わってくるのかもしれない。

初めて見たのはたぶん公開年よりずっと後で、テレビでみたのが初めて。あとコーヒーのCM曲だったかな?

あの切ないテーマソングとロバートレッドフォードが素敵だったのと女優さんのお顔がとても印象深かった。

当時は内容はあまり理解できていなかったのかもしれない。

 

その後、学生時代に見まして、その時はお友達に

「ハベルが腰のあたりに手を当てて上着をたくし上げて、、そんでもって、ふふん、$%%&’ぎゃああああ・・」

と突然説明中に発狂、今でいう、萌え(言葉の存在すら知らん時に)地面に崩れ落ちていった(腰砕け)

 

ここからネタバレ

 

第二次世界大戦中の米国では大学生も政治的な思想を個々に持ち主張する時代でした。

大学でちらしを配り学生を集め大演説をはじめたのが女子学生の、ユダヤ系ケイティ。

花形学生のハベル(ロバートレッドフォード)の周りにいるブルジョアな女子学生とはかけ離れた独特な風貌の美女。

裕福ではなくバイトと勉学と政治活動に明け暮れる彼女はハベルたちを退廃的だといい、政治をジョークにする彼らとは合わずたびたび議論をふっかける。

そんな別世界の王子のハベルが自分が得意としていた文学で鼻をへし折られる出来事が起きる。

筋肉馬鹿かと思っていたら、文武両道で美貌の男で、そんな彼を好きになってしまう。

 

とにかく映画の中でのことでも、ハベルの白いセーター姿がほんと素敵で、驚く。

タキシード姿も、満員の会場の中でもすぐに見つけられるくらい輝いている。

 

白の海軍将校の軍服は、ものすごく似合いすぎる、あり得ない。帽子はあれが正解ですか。

白、白、言ってたらベージュもいけるし、ってか、黒の制服もやばすぎるだろう!!!!!!

隣の男も同じ服着てるはずなのに、どうしてこうなるんだ!

とにかく何を着せても美しい男。

それと、仕草が世界一素敵な俳優さんだと思う。天辺からつま先まで目が離せない。

彼が元祖壁ドンなのかしら、ああ、素敵(笑)

 

ケイティはルーズベルト大統領の死をきっかけに友人たち相手に議論をおっぱ始めて、彼を呆れかえさせてしまう。

とうとう別れるって話になるけれど、お互いに忘れられない。

 

ケイティほど彼を愛してすべてを捧げる女性はいない。

たった1泊のために、彼のために配給券を使い切ってまで豪勢な食事を用意する。

 

「万時を気楽」主義の彼と正反対の重い彼女で、彼が窒息しそうになるのもわかるけれど、ハベルもケイティの魅力には参っていた。

「世界が違う」とつき放しておきながら、認めるしかない。

それでも、どちらかというと、ケイティが惚れて惚れ抜いて、ハベルを落としたような感じで結婚。

 

冷戦時代、国の非国民キャンペーンはハリウッドにまで及ぶ。

先日見たトランボと時代が重なって、いわゆるあの時代の脚本家たちの国からの締め付けは厳しくケイティのような政治好きの妻なんて爆弾を抱えて生きるようで、別れるしかなくなった。浮気がきっかけだけど、本来の彼らしく、気楽な道を選ぶことにした。

 

 

ラストシーンは見るたびに解釈が変わっていく。

 

ふたりの別れ話のとき、ハベルはただ黙って彼女を見ているだけで、悲しむ様子などほとんど見せていなかった。

出産後、病室に見舞客一人もいない妻を一人残して別れる夫が非道にみえたし、そこで泣くのは彼女だけで、

二人の恋愛の温度差が感じられた。

 

上流社会に溶け込めなくて、軽い色男の脚本家の夫に浮気されて捨てられた女性がひとり赤ん坊を抱えて貧しくもたくましく生きていく

、そしてあい変わらず活動家の日々を送っているところでふたりは再会。

彼も成功して、テレビにも進出している。

そこで見せるお互いの表情。ハベルには愛情よりも、その妻の貧しい様子に、自責の念がこみあがったのかと思っていた。

 

が、そうではなかった。

 

ラストシーンで二人の間に生まれた娘の事に触れたとき、ハベルの瞳にぐっと涙が滲んだ。

 

「どうして離れるしかなかったのか」

「あのまま一緒にいたら、今はどうなっていたのだろうか?」って

ケイティはあの時から「すべてを良くしよう」としていて、いまも変わっていなかった。

手放した彼女との日々。辛かったし、憎しみあったかもしれないのに、美しい思い出しかよみがえってこなくて。

彼女は譲れない、彼も彼女のことを変えるつもりもない、もちろん自分も変わるつもりもない、だからふたりは無理だったと。

 

再会したハベルは「会えない」って答えたのに「じゃあまた」って最後に言った。

 

お互いに出会う時代がもう少し後なら、時代が変わっていたら、ふたりはまだわかれていなかったのだろうか。

 

続編が見たかったな。

ある愛の歌の続編もあったのに。

 

ケイティを失ってもハベルは成功したけれど、彼女がハリウッドをダメ出ししたように、その内容はどうだったのだろうか。

製作者側に合わせた内容で、不満もすべて飲み込んで、いわゆる駄作ばかりを作ったのだろうか。

彼女と失った生活と現在の生活を比べてみただろうか。娘の姿が見たい。

パリに行って本物の作家として生きていたらどうなっていたのか。なんていろいろタラレバを考える。

 

続編がなかったからこその、何度も見たいなのかもしれない。