私の友人の話である。彼が36歳の時に、風邪をこじらせて、急性肺炎になった。急きょ入院することになり、入院時に身元保証人と身分証明書が必要になり、彼の父方の叔母にあたる人に、身元保証人を頼んだところ“NO!”と云う返事が返ってきた。彼の父親にすれば別にお金を借りるための保証人ではなくてただの身元保証人(それも形式上の)だったので軽い気持ちで頼んだらしい。しかし、意外にも断ってきたので「何故かと」聞いたら、「我が家の家訓でいかなる保証人にもならない」ということだという。彼の父親が「別に借金の保証人になるわけでなく単なる身元保証人だからいいじゃないか」と言ってもガンとしてクビをたてにふらなかった。しかたなく彼の父親はほかの人に身元保証人を頼んだらしい。
しかし、話はそこで終わらない。後日、親戚の叔母が彼の家に菓子箱を持って訪ねてきた。話の内容はというと叔母の子どもが今度、大学に進学するので銀行から、融資を受けるので保証人になって欲しいということである。しかも、“親戚同士だから困ったときはお互い様でしょ”と全く身勝手な話を持ちかけたのである。よその子どもの保証人は断っても自分の子供のことになると親戚であることをたてにとって強引に話を持ち込んでくる。そんな叔母の話を聞いて、友人の父親は唖然として何も言えなかった。
このように自分勝手な人は世間にもよくいる。例を挙げるなら、今の職場の社長、及び班長など。しかし、社長、班長などは仕事上のつき合いだからまだ我慢もできる。(我慢するしかない)だが、親戚の人になると話は別次元のことである。親戚である以上、ずっとつき合っていかなければならい。このような人は、“次にどんな無理を言ってくるかと思うと、気分がブルーにならざるえない。”と友人は凹んだ口調で言っていた。
潜在意識の活用
しかし、話はそこで終わらない。後日、親戚の叔母が彼の家に菓子箱を持って訪ねてきた。話の内容はというと叔母の子どもが今度、大学に進学するので銀行から、融資を受けるので保証人になって欲しいということである。しかも、“親戚同士だから困ったときはお互い様でしょ”と全く身勝手な話を持ちかけたのである。よその子どもの保証人は断っても自分の子供のことになると親戚であることをたてにとって強引に話を持ち込んでくる。そんな叔母の話を聞いて、友人の父親は唖然として何も言えなかった。
このように自分勝手な人は世間にもよくいる。例を挙げるなら、今の職場の社長、及び班長など。しかし、社長、班長などは仕事上のつき合いだからまだ我慢もできる。(我慢するしかない)だが、親戚の人になると話は別次元のことである。親戚である以上、ずっとつき合っていかなければならい。このような人は、“次にどんな無理を言ってくるかと思うと、気分がブルーにならざるえない。”と友人は凹んだ口調で言っていた。
潜在意識の活用