70年前、祖母は江東区の木場にいた。
目の前に、木製の電柱が燃えながら倒れてきた。
隅田川には人がいっぱい、沿岸部の人は焼け死に、沖に押し出された人は溺れ死んだ。
祖母の親友は、この日、亡くなったらしい。

私は生まれた時から、今も祖母と同じ家で暮らしている。
3月、8月、よく、祖母の話を聞きながら育った。
空襲警報の音、目の前で人が焼け死ぬ。リアルに想像できるわけじゃない。
だけど怖い。怖いという想いは着実に根付き、そんな恐怖を体験したいなんて、これっぽっちも思わない。
あの日の一歩が違えば、私はこの世に存在しない。
それだけで、じゅうぶんに恐怖を感じるのだ。

あの日を、祖母は生き抜くことができて、父が生まれ、私が生まれ、息子が生まれた。
生きている実感が希薄だという、そんな現代病も問題だろうと思う。でも、
人を殺すために生まれてきたんじゃない。
人に殺されるために生まれてきたんじゃない。
そんなことのために、あんなに必死な想いで産んだわけじゃない!

生まれてきて良かった。と、本気で思っている。
出会えてよかった、生まれてきてくれて、生きていてくれてよかった。そう思える人達との出会いもある。
そう思える日々は平和で、どうか1日1日がそうであるように。
今年の秋、祖母は90歳になる。