『みんなのなやみ2』 重松清・著

 

夏休みに図書館で借りていた本を、やっと返してきたーーー!!

夏休み終わって、ほっとして、、返し忘れていてだいぶ返却日時過ぎていた。。

すみません、、、。

 

そして、懲りずにまたまた色々借りてきたわけですが、、

 

その中の一つに、

 

『みんなのなやみ2』という本が。

 

今日はこちらを紹介します。

 

2、というからには1、があるわけで、

『みんなのなやみ』『みんなのなやみ2』という2冊があります。

そのうちに2、を借りてきたわけです。

 

相談者は中学生。

回答者は、重松清さんなわけですね。

 

わたし、、重松清さんの本が大好きで、色々と今までにもたくさん読ませてもらいましたが、

何が良いって、人間観察眼、に尽きるところですね。

重松清さんの小説に出てくる登場人物たちそれぞれの心情がとっても細かい描写で、それでいて、

どれにたいしても想いを馳せてしまうんです。。

特に父、子というスタイルの物語が多い重松清さんですが、実際には娘さんがお二人おられるとか。

だから、小説の中の父、子というのは、重松さん自身のお父様と、自分を投影しているものだったり、

幼少期を思い出して描いている物なのかなーーと読みながら漠然と想ったりしてます。

 

そんな人情味あふれる小説を描く重松さんがなやめる中学生にどんな回答をするのか、

興味を持って読んでみました。。

 

冒頭、、

「迷いのある人生、なやみのある人生そのものを、どうか肯定してほしい。そのために、ぼくみたいなオヤジの一言が、きみたちの気持ちを少しでも楽にすることがあるのだったら、ぼくはたくさん、きみたちに向かって話をしたい。それが、こうやって二冊目の本をつくったぼくの根っこに、ずっとありつづけた気持ちです。」

 

こういう語り口調からはじまります。

 

さらに、妹が重度の障害を持っているという中学生からのなやみには、

 

「きみの質問を読んで、なやみ相談のような仕事を引き受けた自分の甘さを思い知らされました。ほんとうに、〇〇さんの背負っている苦しみや悲しみ、なやみというものに対して、「それはこういうことなんだよ」とぼくは教えることができない。

いかに自分が身の程知らずのことをしているのか、打ちのめされたし、思い知らされた気分でした。

だから、いまからぼくが言うことは、ほんとうにきれいごとです。

ほんとうにきれいごとだから、いま十五歳の〇〇さんには、ぼくの回答を読んで、ぜひ、ふざけるな、と思って欲しい。あなたなんかに、私のほんとうの苦しみなんてわかるわけがない、なにをきれいごと言っているんだ____ぼくを叱るくらいの気持ちでいてください。」

 

こんな感じではじまる回答もありました。

 

この本は、もちろん、相談者の人に向けて重松さんが回答しているのだけれど、回答を読むと、その相談者の親や背景に向かって、 語りかける重松さんがいます。

 

1章 「自分」のこと

2章 家族の中で、

3章 学校と友達

4章 誰にも、言えない

5章 親だって、なやんでいる

 

という項目で、中学生のそれぞれの悩み相談に加えて、親の相談への回答もあります。

わたしはとくに、5章の親だって、なやんでいる、で、重松さんの回答をじっくりよませてもらいました。

そして、重松さんの親の在り方、というものに対する考えに深く感銘いたしました。

子供に対して親はいろんな覚悟を背負っていかなきゃいけなんだって。

 

10代の悩める相談者だけでなく、保護者の相談、さらにはその背景に在る人達の気持ちまでも汲み取りながら、重松さんが、やさしく回答してくれています。

 

エピローグには、

 

「希望」という言葉があります。

十代って、もちろん希望があったほうがいい。希望の反対語は「絶望」だけど、おとなは、絶対に子供を絶望させちゃいけない。子供達にも、絶望なんてしてほしくない。

「なやみ」というのは毎日の生活を思い通りにさせなくするもの、毎日を失望さるものです。喉にささった魚の小骨のように、楽しい気持ちをひしゃげさせたり、気分をふさいだりする。

でも、そうやって思い通りに行かなかったり、自分がちょっと嫌いになったり、元気をなくしたりするということが、逆に、たいへんな自己嫌悪に陥ったり、どうしようもないほど絶望したりすることから、ひとを守っているんじゃないのかな、とぼくは考えています。

 

と、あります。

 

 

読めば、なやめる解決のヒントをもらえるかもしれませんよ。