『AX・アックス』 伊坂幸太郎 著
ずいぶん前に購入した本なのですが、、
今頃になって読みました。。
「グラスホッパー」
「マリアビートル」
につづく、殺し屋シリーズの第三弾ということは分かっていたのですが、
今回の主人公はプロの殺し屋である一方、家庭では妻に常に気を遣う恐妻家である、、
という設定から、
…そこまであんまり興味を持てなかったんですよね~。
小説を読んで、ホント、、ここまで気を遣うか!?ってくらい、主人公は妻の一挙手一投足に神経を張り巡らせてる…。
それでいて妻や息子に対しても、愛情深い主人公。
表は文具メーカーの営業マンだが、
裏稼業では依頼されればなんでもこなすプロの殺し屋。
家族のために、実は、裏稼業から足を洗いたがっているのだが、それがなかなか出来ずにもどかしい状態が続いている。。
グラスホッパーやマリアビートルに関連した殺し屋の名前とかも出てくるけれど、
今回の小説では、そこまで深くかかわるといったこともないので、
前2作品がとても好きな私からすると、
「AX・アックス」は確かに殺し屋の話ではあるし、物語も面白いのだけれど、
そこまで夢中になれませんでしたーーー。
今回の主人公は、優しすぎるんでしょうね。
その優しさ、家族への惜しみない愛情、という点では、
彼は恐妻家であり愛妻家、そして一人息子を溺愛する親バカであるわけですね。
だからこそ、彼が下す決断というものが、物悲しいというか…
…ただ一つ、思うのは、、
例えば大切な人が突然亡くなったとして(病気とか事故とか…いろんな理由で)、
現実的にはきちんとした原因、結果が判明していたとしても、、、
もしかしたら、この本の主人公のようなプロの殺し屋にやられたのではないか…
なにか弱みを握られ、または見聞きし、口を封じられたのではないか、、
と、一瞬、ファンタジーのように想像することで、
ほんの一瞬だけど、フィクションのストーリーに心救われることもあるんじゃないか、って思います。
物語の中でも、
謎のカギを見つけたことから、
受け入れたと思っていた父の死に対して、
実は、想いがくすぶっていることに気づいた克己が行動を起こしていきますね。
そんな風に誰かのなにかの死に対して、受け入れがたい局面にたったとき、
一瞬でも、バカな想像をして現実を凌駕することも、時にはあってもいいかなと思います。
伊坂氏の小説を読むと、いつも思うのが、
そうであってほしいな、
そうありたいな、
そう願いたい、
そうであったならば、、
と、ファンタジーが現実を超えてほしいと、切実に願ってしまうのです。