『火花』 又吉直樹・著

最近話題の芥川賞受賞作品を読んでみましたよっ♪
お盆ぐらいに買ったのですが、今までちゃんと読む時間がありませんでした。。
読んだら内容も面白いし、ページ数も少ないしで一気に読んじゃいました。
ということで、まずはあらすじ

~~あらすじ~~
お笑い芸人スパークスの徳永は、同じお笑い芸人あほんだらの神谷さんと師弟関係を結ぶ。
お笑いに対する姿勢や考え方が違うが、
互いに一緒にいるとすごく楽しくて、徳永は神谷さんの芸人としての考え、生き方に尊敬をし、もっと彼を知りたいと思っていた。
一方神谷も徳永に対して、自分の笑いを楽しんでくれ、自分の話をまっすぐに聞いてくれる後輩ができたことが嬉しかった。

…しかしお笑い芸人として成功する日々には遠く、互いに細々とした地方営業をしたり、イベント、オーディションなどを繰り返しその日暮らしの生計を立てていた。

そんな中、スパークスは、少しずつだが客を射止め、ファンができ、テレビからも声がかかり深夜番組に出ることもできた。
でも、あほんだらのほうは、一向に芳しくない。

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本書を読む前、「お笑い芸人の話である」という知識だけを持って読み進めたのですが、
確かに…そこにはお笑い芸人たちの生きざまがありました。

芸人ということで、主人公(徳永)も先輩(神谷)も、実際のお笑い芸人にあてはめて、私の中で勝手に読んでいました。
まず、主人公(徳永)は、やはり又吉ですね。どうしても又吉本人がぬぐえない。。
近いところでいうとオードリー若林とか、バカリズムとか、ちょっと根暗っぽい芸人が当てはまります。

先輩(神谷)は、本書の中で眼光がするどいとか、背が高いというイメージを持たせる表現があったので、私の中では千原ジュニア。
あと、松っちゃんとか、小藪さんとか、、あとちょっと不良っぽい乱暴な表現もあるので、ブラマヨ吉田とか、そんなイメージをふくらませてました。

で、物語前半では神谷と徳永が貧乏芸人として同じ土台にいるわけですが、
中盤で、徳永の所属するスパークスがちょっとずつ人気になってきます。
後半、一時期の栄光を胸にスパークスは解散。ちょうど芸人を初めて10年目の節目。

そのころ、神谷さんの所属するあほんだらは、まったく世間からも相手にされず、神谷自身も仲間たちから相手にされず、一千万近い借金を作っていた。

本書の中では、売れる芸人、売れない芸人、消えていく芸人、やめる芸人…そういう人たちがたくさん登場します。
徳永は、一時期売れたけどやめていく芸人。
神谷は、まったく売れない芸人。
といった分類になるかもしれません。

あと、本書に「鹿谷」という売れるピン芸人が登場してくるのですが、私の中で鹿谷は、狩野英孝にみえます。

…「俺たちがやってきた百本近い漫才を鹿谷は生れた瞬間に越えてたんかもな」…
という表現があるのて、天才的に天然で面白いことをしようとしなくても面白いことに本人が気づいていない人物…と思って、狩野英孝…かな!?

後半…神谷さんは徳永につぶやきます。
「俺な、もう何年も徳永以外の人に面白いって言われてないねん。だからな、そいつらにも、面白いって言われたかってん、徳永が言うてくれたから、諦めんとこうと思ってん。自分が面白いと思うとこでやめんとな、その質を落とさずに皆に伝わるやり方を自分なりに模索しててん。そのやり方がわからへんかってん。」

きっと神谷さんは神谷さんなりに、芸人として生きることに苦しんでいたんですね。。

読後感としては、読んでて面白かったですよ。
芥川賞受賞してなくても面白かったですよ。
受賞したから話題性はすごくなったけど、そうでなくても面白いし、若手芸人たちの私生活の苦労とかちりばめられていて、
売れてテレビに出る芸人になるまでには、皆さん苦労をしてきているんだな…って思いました。

徳永の言葉
「僕たちは二流芸人にすらなれなかったかもしれない。だが、もしも「俺の方が面白い」とのたまう人がいるのなら、一度で良いから舞台に上がってみてほしいと思った。
「やってみろ」なんて偉そうな気持など微塵もない。世界の景色が一変することを体感してほしいのだ。自分が考えたことで誰も笑わない恐怖を、自分で考えたことで誰かが笑う喜びを経験してほしいのだ」