図書館で借りた
『この本が、世界に存在することに』(角田光代・著)
を読みました。
主人公と本との出会いや思い出をつづった短編で、読みながら共感せずにはいられませんでした。
古本屋に売ったのに、また幾度となく手元に戻ってくる本。
旅先で出会った本。
旅館の本の間に入っていた手紙。
はじめての彼氏にプレゼントした本。
ずっと探している本。
本棚に二冊ある本
…などなど。
どのストーリーにも自分を重ねてみてしまいます。
高校時代友達に貸した本、まだ帰ってきてないな~とか、
好きな人にプレゼントされて嬉しかった本、でも内容はちっとも面白くなかったなぁ~とか、
だんなと付き合い始めたころ貸した本、いつの間にかどっかいっちゃったなぁ~とか、
またもう一度読みたい!と思って探しているけど今だに出会えずにいる本があることとか、
私と本の出会いや思い出にも色んなストーリーがあってどれも大切なものです。
そういえば少し前、実家の本棚(カフェ専用)を整理して、あらかたを古本屋に売ったんですけど、
(あれ、コレどこで手に入れたんだっけ?)
(あ~懐かしい。あった、あったこの本!!)
(ゲッ!!元彼に借りっぱなし。ど~しよ。。)
一冊一冊手に取りながら、本との出会いを思い返してました。
我ながらけっこうスッキリさせたと思ったのに、妹に言わせればまだまだのよう。
「これでスッキリさせたの?」ですって。
でもカフェの本棚なんてまだましですよ。ちゃんと本棚に本が納まっているんだから。
問題なのは…
物置に置いてあるおじさんの本たち。
マンションに置ききれなくなったから、って実家の物置に置きはじめたんだけど…
なんかうちの物置がいつのまにか占領されちゃうくらいおじさんの本で埋め尽くされてきた!!
ちょっとした書庫になっています(笑)
だから実家に帰った時は暇つぶしにおじさんの本を読みあさったりしてます。
たいてい経済学・哲学系の本でちんぷんかんぷんですけど、
たま~に日本文学が出てくると(ラッキー!)なんて思って読んでます。
まぁ、その話は置いておいて、
『この本が、世界に存在することに』
著者の角田光代さんは、
あとがきで
「もしこの本が世界に存在しなかったら、いったいどうしていただろう。世界はなんにも変っちゃいないだろうが、けれど、この本がなかったら、その本に出合えなかったら、確実に、私の見る世界には一色足りないまんまだろう。だからこの本があってよかった」
そう書いています。
う~ん、確かに。そうかも。
この本があってよかった。世界に存在していてよかった。
そう思える本に私ももっともっと出合ってみたい!!
これから一生の間にいくつそういった本と出合うのかな、
そう考えると、とってもわくわくします。
角田光代さんの本も私の中では出合えてよかった本の一つですよ。