8月某日 私たちの秘密基地にて

ふわっと 願いが 浮かんできた。
こころの中に。
『ワクワクいっぱいの大きな夢』ではなく
10人にもし話したら8人には
「え?そんなこと?」と呟かれうる
小さな願い。
そして 忘れた。
日常に戻ったら、
すっかり 忘れ去った。
忘れ 流れた。
9月某日

朝目覚めてわりとすぐ、
この場所にまた
どうしても行きたい気持ちになり、
行った。
迷うことなく、スムーズに。
そして、
わたしはここで、また願った。
きっかけは たしか
一緒にこの場に居てくれた友の
何気ないであろうわたしへの クェッション。
とっさに出た
自分のアンサーに対して
少し違和感。
自分の本音にフォーカスする癖を
つけているわたしは、センサー感度 上昇中。
わたしは ソレを 流せなかった。
・・・
受け流すという選択も出来たけれど、
この違和感を 流さなかった。

友にウソをついたわけじゃないけれど
わたしの想い
と
口にした言葉が
調和してなかったの。
わたし感覚では
5㎜程のズレ。
そして ズレを 叱咤することなく
また
あの日と同じことを、ふと 願った。
ふわっと 浮かんできた願い。
同じ場所で、
同じような天気で、
同じような時間帯で。
相違点は
そこに珈琲が 在るか 無いかぐらい
といって良いいくらい。

熱い願い ではなくて
どちらかというと
温い願い。
でもなぜか、
初めて 願ったかのような
新鮮な気持ち。

今度は 忘れなかった。
流れなかった。
なぜなら
家についてからもすぐ
耳や目に入る情報が
あまりにも
『何か』に応援されているような
その願いに 関連するものばかり。

そして
翌日も その次の日も
『何か』の応援であろうことは、続いた。
そして、あることに気づいた。
1回目に願ったあの日以降
願ったこと自体すっかり忘れていたのに、
サインは たくさん来ていたということ。
見逃してた、
気にとめなかっただけで
たくさん関連することが
目の前では 起きていた。
偶然とみせかけた、必然な伏線。

その願いを叶えるためには
手放さなくてはいけないけない事
面倒と感じる事があり
どうしようか と
こころが 時計の振り子のように
定まらない。
この定まらない を
楽しむことを 決めた。
穏やかなリズムをとりながら
TicTuck TicTuck TicTuck
こころ弾ませながら
TicTuck TicTuck TicTuck
ときに 色を変えながら
TicTuck TicTuck TicTuck
右へ左へ 振り子な わたし。
最適なタイミングで
振り子は振り子ではなくなり
中庸に定まる。
このふわっと沸いた願いが
わたしが私で在れるに
繫がることで あるならば。
昨日は 定まり記念日。
振り子アソビ中意識していた事は、
気分の良く在れれことを 選ぶ。
・食べたいと思ったものは
わざわざ でも買いに行き食べた
・目覚めにストレッチを始めた
・好きなアーティストの
YouTubeを何度もリピート
・映画を見に行ったり
ボイスレッスンに行ってみた
・こだわりのアクセサリー作りをした
・楽しかった夏の思い出写真を
振り替えった
・会いたい人に スケジュールを
多少変更してでも 会いに行った
まぁ、言ってしまえば
たいそれたことはしていない。
でも、それなのに
ひとの発するエネルギーに
陰と陽があるならば
陽、だいぶ 陽な気がする。
そうしてる間も
願いは消えず
むしろ、
小さな願いが より具体的になった。
偶然な必然な出来事(応援)と、共に。

この振り子をつかったアソビは
おしまい。
定めよう!と無理にしなくても、
焦らず 流れに身を任せていたら、
動かずにはいられないきっかけが
用意され
ちゃんと 流れ着いた スタートライン。
そして、
この願いのスタートラインも
また 伏線のひとつであることを
のちに実感する、きっとね。
わたしを動かす 『何か』に
ありがとう。
そして
これからも わたしは
ふと願う、きっと。
これからも
必要なタイミングで 願い
必要なタイミングで 整い
ベストな状態で 叶う
わたしは益々本音をキャッチし
わたしは
わたしを
喜ばせ 続けることを
ここに 誓います。
